旅 VOL.4 食と暮らしを探す

埼玉県 神川町 オーガニックタウンで「安心安全」を探す旅

(平成26.4.10 産直コペルvol.5)

 「有機栽培」「JAS」「循環型農法」などの言葉は、今でこそ、社会に浸透しているが、そうした農法を約60年前から行っている町がある。それが埼玉県神川町。有機農法の先進地、神川町で人と自然が織りなす営みの中で生まれた「農と食」を探す旅に出掛けた。

神川町は都心からわずか2時間の緑豊かな町だ
神川町は都心からわずか2時間の緑豊かな町だ


自然と循環する人の営み


 都心からバスで約2時間、神川町は、埼玉県北西部に位置する。2006年に隣接する神泉村と合併し、新制神川町となった。「神」と名の付く地名が多いためか、どこか神聖な趣が感じられる地域でもある。
 神川町への道中、あるDVDを見ることになった。タイトルは「生きている土」。約30年前に作られた映像作品だ。ドキュメンタリータッチで作られたその作品の主人公は「須賀一男さん」という自然農法を実践する農家。体を壊したことをきっかけに、「健康な野菜を作ろう」と自然堆肥だけで田畑を作っているという。
 稲わらを細かくし、水分を含ませ堆肥を挟みながら積み上げ、何度か切り返し、野菜くずなどを入れながら野積みで完熟させる。須賀さんが実践する堆肥作りの様子が撮影されていた。
 湯気が立ち、微生物がうごめき、そして最後には全て土となってしまう。まさに「土は生きている」のだ。映像では、大学を卒業したばかりの息子さんが後継者として入り、年間で栽培するための計画も立てることが出来た、と伝えていた。
 これから向かう神川町で、どのような食材、そして生産者の方々に出会えるのか、気持ちも高まる。

「御用聞き」の蔵 地域と歩む企業と農業


 まず向かったのは「ヤマキ醸造」の本社工場。神川町の農業を語るのに、「ヤマキ醸造」の存在は欠かせないという。
 「ヤマキ醸造」は、明治35年の創業以来守り続けてきた製法で、味噌や醤油を作る醸造会社だ。同社では味噌や醤油を作る蔵のことを「御用蔵」と呼んでいるとのこと。聞くと、「御用聞きの蔵」の「御用」という意味なのだとか。かつて、味噌や醤油は各家庭で作られてきたものだった。それを自分達が代りになって造る、そのためには、お客さんの声をしっかりと聞く「御用聞き」の存在になりたいとの思いからだという。

一貫した原料へのこだわり 親から子、「本物」を次世代へ



「ヤマキ醸造」の素材は全てJAS有機のものだ
「ヤマキ醸造」の素材は全てJAS有機のものだ
 「ヤマキ醸造」で使う原料は、農薬、化学肥料、除草剤を使用しない土づくりからこだわった自然農法(有機栽培)で作られた国産有機JAS認定の農産物を使用している。そのこだわりの原料は、「ヤマキ醸造」のグループ会社である農業生産法人「有限会社豆太郎」で栽培されている。
昔ながらの製法でつくられているという
昔ながらの製法でつくられているという
「ヤマキ醸造」木谷富雄社長
「ヤマキ醸造」木谷富雄社長
 「農業者と加工業者の顔の見える関係が最も安心安全。それが食の原点だと思っています。しかし、そのためには消費者の声、意見をしっかり聞かないといけない。そうしないと本当の食と農の創造には繋がりません」と 木谷富雄社長。お客さんの声を聞いてきた「御用蔵」だからこそ、その感覚は実感を持って感じられるのかもしれない。
 「もともと味噌や醤油は各家庭で作られてきたもの。家庭の中での食文化でした。家庭であまり作らなくなった現代だからこそ、私達がお母さんから子供達へ、本物を伝えていく役割を担いたいのです」。
 そう語る木谷社長は、生産者への尊敬と食を担ってきた企業としての誇りと責務を感じているようでもあった。

自然の仕組みを知り、農業をする


 ヤマキ醸造の見学を終えると、次は同町の清水雅之町長と生産者の方々との昼食会が準備されていた。
 その前に、車中で観てきた映像にも登場した、「豆太郎」代表の須賀利治さんに自然農法について講演頂けるとのこと。
 すっとした長身の須賀さんは、映像の印象と変わらず……と思っていると「じつは、私は息子の方なんです。映像にたくさん写っていたのは父、私はちょっと出ているだけです」と、はにかみながら話してくれた。あの映像作品から約30年、大学を卒業したばかりといっていた須賀さんの息子さんは、現在「豆太郎」を支える代表として活躍している。自然農法を始めたお父さんは、80歳を過ぎた今でも現役なのだとか。

 「豆太郎」の圃場には様々な野菜が栽培されていた
 「豆太郎」の圃場には様々な野菜が栽培されていた
 「父親が大病をしたのをきっかけに始めた自然農法(有機栽培)でしたが、60年前はまだまだ認知されておらず、地域的には異端児でした」と過去の苦労を口にした須賀さん。そうした中、「自然の仕組み」を学びながら親子で自然農法を続け、徐々に慣行栽培と比べても遜色ないものができるようになったという。
 「砂壌土にはピーマンや小麦、火山灰土には大根やカブといった具合に土の性質にあった作物を作っています。カリフラワーやブロッコリーは虫が付き易いのであきらめていましたが、土と時期を選ぶことでうまく育つようになりました」。

 「農業生産法人豆太郎」の圃場
「農業生産法人豆太郎」の圃場
 自然の仕組みを学びながらそれに沿った土づくりをする、それが自然農法の基本だという。「豆太郎」を設立したのは平成8年。現在は、味噌や醤油の原料だけでなく、ヤマキ醸造と協働しながら、規格外の野菜を加工した漬物なども販売し、6次産業にも繋げようと取り組んでいる。


「自然の仕組み」を感じながら頂く食事


 この日の昼食の素材はもちろん須賀さんが提供してくれた野菜と米、そして同町でこだわりの養豚を行っている「姫豚工房」の豚肉、ヤマキ醸造の味噌や醤油。
 「須賀さんの野菜はとても味が良い。姫豚工房の豚はとにかく脂が美味しいので味わって欲しいと思います。素材そのものの味を壊さないように味付けしました」。料理を担当した福島県会津若松市の山際食彩工房の山際博美シェフは、その素材の良さを絶賛。「聖護院大根の切り漬け」はヤマキ醸造の有機JAS玄米味噌を使用し、素材の味をいかしたあっさりとした味付けに。
 「木綿豆腐の焼き豆腐」は、玄米、麦、豆味噌の3種の味噌を乗せ、味噌の味、豆腐の味両者が楽しめるシンプルだけれど味わい深い料理となった。
 「姫豚肉のローストポーク」は一口食べると脂身の濃厚なうま味、しかし脂っぽさを全く感じさせないまま味わうことができる。そのままでも美味、特製の醤油ソースで頂くとまた味わい深いものになる。
 有精卵と神川町のロール巻き
 有精卵と神川町のロール巻き
姫豚肉のバラ肉と里芋の煮付け
姫豚肉のバラ肉と里芋の煮付け
 「有精卵と神川町のロール巻き」は、京菜、ホウレンソウ、ニンジン、里芋を姫豚のバラ肉で巻き、さらに有精卵で作ったクレープで巻いた神川町の素材がぎゅっと詰まった一品となった。
 「野菜の味噌汁」は、須賀農園から直送されたニンジン、京菜、里芋、ダイコンが具として入り、素材そのものの味を噛みしめることができる。
無農薬で栽培したというお米は「いせにしき」という品種。須賀さんが自家採取し、一般には一切出回ることの無いお米を特別に提供して頂いたものだ。
 そのほかにも「いろいろ大根の生姜風味マリネ」「姫豚肉バラ肉と里芋の煮つけ」など、神川町の特徴ある素材が一堂に会し、魅力ある料理が出来上がった。


自然の仕組みと共にある人の営み


 昼食が済むと、「豆太郎」が管理する圃場へ。須賀さんの案内のもと、そこですくすくと育つ野菜や稲を眺めながら圃場を巡る。すると、これまで聞いてきた土の話、苦労話、そしてこだわりと思いが蘇る。

須賀利治さんの案内を受ける
須賀利治さんの案内を受ける
 須賀さんの土づくりは、特別な菌を入れたり牛糞などの堆肥を入れたりする訳ではないらしい。クズ大豆や緑肥などを使い、本来土に宿っていたその土地の微生物たちを活性化させているという。「土づくりはバランス」だと須賀さんは語る。その土地にあるものを使い、作り、その土地のものを食べる。本来、そこに何ら特別な要素はないのだろう。人の営みが自然の中に溶け込んだ形が須賀さんの実践する農業なのだ。そして何より、須賀さんのこだわりと思いを聴き、顔を見て、「この人なら信頼できる」と感じるからこそ、そこに安心が生まれる。
 「どんな作物でも心を込めて、生産者の喜びや真心が消費者に届くように」。
 須賀さんがそう語るように農法や技術はもちろんのこと、生産者の思いや真心があってようやく「安心安全」は作られる。それを改めて感じる旅となった。                          文・柳澤 愛由


※これは(一財)都市農山漁村交流活性化機構が主催し、2013年11月11日に開催された「食材探しの旅&市町村長と語る旅in神川町」のレポートを改変、再録したものです。同機構のウェブサイト内「食と農の絆」にも掲載されています。

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