島根県JA雲南に学ぶ、中山間地のネットワーク型直売事業― すべては農家のために

(平成26.6.10 産直コペル)       文・毛賀澤 明宏


 全国各地の中山間地で、地域農業と直売事業が大きな壁にぶつかっている。農家の高齢化と耕作放棄地の拡大、農業生産力の減退や搬送手段の枯渇による直売所への出荷量の減少、そして、集客に有利な地点への大型直売所新設の影響を受けた消費者・出荷生産者の拡散……。
 全国のどこの中山間地を訪ねても、同じように溜め息交じりの愚痴が聞かれる。こうした共通の事態に対して、画期的な解決パターンを提示し、現に実践しているのが島根県のJA雲南の直売事業だ。各地に、同じ問題に正面から向き合い、汗を流している直売所や地域おこしの関係者は多い。だが、3市町にまたがる比較的広いエリアで、中山間地の直売型農業の振興という難題解決の扉を、なんとかこじ開けてきているのは、このJA雲南の直売システムだけだと言っても過言ではないかもしれない。
 JA雲南はいったいどのような直売事業を繰り広げているのか? 出雲の国を訪ね、同JAで一貫して直売事業を担当している現営農部次長の須山一さんと、その「片腕」である石原弘子さんに聞いた。


自前の直売所を持たないJAの直売事業 


 「神様の国・出雲に良くおいでくださいました」。須山一さんは、雲南市にあるJAの本所でそう言って迎え入れてくれた。長野県の山間集落で複合型の直売所新設を進める行政マンと、中山間地の農業振興に関心の強いIT会社の技術者を連れ立った視察。「皆さんの関心のあることは何でも話します。ぜひ、皆さんの村の役に立ててください。私たちは、これからお話しすることを、手さぐりで、でも必死にやってきただけです。役に立つかどうかは、皆さんがご判断ください」。丁寧な言葉づかいに自信が満ち溢れていた。
 JA雲南。島根県東部、日本海に面した松江市や出雲市の南側にある、雲南市・飯南町・奥出雲町の三市町を管轄エリアにする、正組合員1万1610人、准組合員1万4283人の農協だ。3市町は典型的な中山間地域だ。
 このJAの産直・直売事業部門の売上げは約7億円。約3000人の登録会員数を誇り、売上げ10億円を目標にしている。

タイトルなし
 その第一の特徴は、なんと言っても、これだけの売上げを誇りながらも、JAが経営する店舗をただの一店舗も持っていないということだ。管内18ヵ所の地域の直売所と、松江市内の1ヵ所の広域直売所をサポートするが、それらはことごとく、地域の農家の団体や有志・民間企業が経営する店ばかり。JAの店はない。こうした店に、組合員が生産・出荷した農産物を集荷して配送することを中心にして、それに関わる事務・出納処理、栽培技術の指導や、後継者育成、食育や農育の推進などのソフト部門を一手に引き受けて実行しているのがこのJAの直売事業なのである。
 自前の店を持たないばかりか、JA以外の直売所を全面的にサポートし、それで7億円を売上げて農家の手取り収入を引き上げている―このようなJAの直売事業は、他に類例のないものではないだろうか?!
 

「地産地消」と「地産都消」が両輪


 第二の特徴は、先に述べたような自前の直売所を持たない「地産地消」の事業と同時に、関西方面の人口密集地に農産物を搬送して販売する「地産都商」の取組みを、車の両輪のように位置づけ、確実に実行していることである。
 都会の販売ポイントも自前の店ではない。週に1回程度、スーパーやデパートのフロアを借り上げ、そこに一日から二日間、コンパネで作った「田舎の直売所」を出現させ、スタッフはもちろん、PR資材までを送り込んで販売する、徹底した「ヤドカリ戦術」(須山氏の命名)をとっている。そこで売る農産物は、先に触れた集荷システムによって、管内3000人の会員から集められ、送り出されているのである。
 JA雲南は、この方式での「地産都商」の取組みを、2001年から実施してきた。開始以来右肩上がりに伸び続け、現在では島根県大阪事務所との連携による「しまねフェア」での農産物販売や、同じ島根県のJAやすぎやJA石見銀山とのコラボレートによる多店舗展開なども行っている。
 最初は知名度もなく苦労したが、定期的に繰り返すうちに固定客がつき、口コミで人が人を呼び、今では、開催日は早朝から行列ができる大繁盛だ。しかし、ここに来るまでには、人並みはずれた熱意と実践が必要で、「10年間ぐらいは、土曜日に自宅にいたことがなく、娘がそれを悲しむことがつらかった」と須山氏は振り返る。
タイトルなし
 時に行政などが主導して行う「テストマーケティング」などと称した都会でのイベント販売とは訳がちがう。組合員の農産物を、時には販売要員のために連れ立っていった組合員とともに、責任を持って売り切ることを目指す。利益を出すためのビジネスそのものであり、経費削減のためにはカプセルホテル泊も辞さずに実施するのだそうだ。

画期的な管内集荷システム


 このような「地産地消」と「地産都商」を両輪とした直売事業を、物流の面から支えているのが、管内に張り巡らされた農産物集配荷のネットワークである。これが第三の特徴だ。
 現在、管内の集荷場所は、約40か所。組合員ならば誰でも出荷できる広域直売所用としては、常時2台の専用トラックが、主な20ヵ所のポイントを回って集荷し、指定された直売所に配送している。これとは別に、出荷に地域的な制限がある地域の直売所などには、独自に荷物を集めて配送するシステムも補完的に作り出されているという。もちろん、関西圏の出張直売所用の農産物も、これらの集荷システムを通じて集められるのである。
 集荷場所は、現在は使用していない旧JA施設や、地域の集会所、山間部の閉店した旧商店などが利用されている。地域の直売所も集荷のポイントとして機能することもある。集荷スタッフだけでなく、出荷する生産者も共同して集荷場所の維持管理を進めている。
 生産者は(1)地域の直売所(その直売所への会員登録が必要)、(2)松江市内にある広域直売所(誰でも出荷できる)、(3)関西圏で毎週開催される出張直売所―の3つのルートに出荷できる。自分で出荷先を決め、出荷ボックス(現在は使用済み段ボール箱を有効活用)に出荷者と納入先を明示した紙片をいれて集荷場所に収めておく。すると、集荷業者が回ってきて、それを車に積み込み、指示通りに配送してくれるのだ。
 この集配荷システムは、出荷農家の高齢化の進展に伴ってますます有効性を発揮している。野菜は作れるが出荷が難しいという高齢農家は年々増加しているが、その人たちの定常的な出荷を可能にしているからだ。
 また、ある程度の量を栽培する大型農家にとっても、出荷作業に費やす時間を短縮することができるので好評だという。
 売れ残り品の取扱いは、出荷者との取り決めで、販売者が適宜値下げをすることを認めており、基本的にすべてを売り切るようになっているそうだ。
 この集荷システムの経費については、基本的に手数料の中に含まれる「販売促進費」として、出荷するすべての組合員から均等に徴収している。出荷する組合員の中には、出荷先の直売所が目と鼻の先にあるなどして、この集荷システムを利用しない人もいるが、利用するかしないかにかかわらず、品揃えを豊富にし、直売事業を発展させるための必要経費として、負担をお願いしているのだそうだ。
 以上のようにまとめてしまえば、「なるほど」とうなずく人も多いかもしれない。だが、とにかく「コロンブスの卵」の例のように、最初にこのシステムを構想し実行した、しかもそれを、すでに15年近くにわたって継続していることは称賛に値するであろう。

人と人を繋げるITツールを活用


 さて、以上三点にわたってJA雲南の直売事業の特徴を紹介してきた。これらの点は、一見、昔ながらのアナログ的な取組みに見えるかもしれない。だが、こうしたユニークな取組みは、きわめて現代的なデジタルのITツールによって支えられているのだ。
 例えば、管内に広がる集荷システムは、集荷場所に農家が出荷した農産物を集めることから始まるが、それが可能になるのは、集荷した時点で、品物にバーコードラベルが貼付されているからだ。
 だが、出荷農家は、いったいどこでバーコードラベルを手に入れるのか? じつに、出荷農家の個人宅に、ラベルプリンターが設置されており、そこでそれぞれ刷り出して貼付している。近所の何軒かの農家が共同して同じラベルプリンターを使用している例もあるようだが、基本的には、生産者個人が購入している。県の補助金を導入して利用拡大をすすめたのだそうだ。
 単にラベルプリンターがあれば良いというわけではない。管内の、誰が、どこの直売所あてに出荷しても間違いなくそこに届けることができ、かつ売上状況が把握できるようにするためには、管内の直売所すべてのバーコード体系を統一することが必要だ。JA雲南では、桁数が大きく違うバーコード体系を採用し、メーカーと協力して特別のポスレジシステムを構築してきたのだという。
 また、集荷システムの採用によって出荷生産者が直売所の店頭に立つことが少なくなり、消費者の反響など販売現場の情報が入手しづらくなることをカバーするために、実に様々な販売情報の伝達方法を生み出してもいる。
 その一つは、ボイスボックス。NTTの電話サービスの一つを利用して、店全体のその日の売れ行き情報を、店員が3分間録音して、希望する生産者が簡単にそれを聞けるようにしている。ただし、この方法はNTTの同サービスが打ち切られることにより、切り替えが必要になっているという。
 音声ガイダンスというものもある。こちらは店全体ではなく、生産者個人の販売実績を品目・単価ごとに電話で知ることができる。メールが苦手な高齢者でも、情報が音声ガイダンスで流れ、それを聞くことができるこの方法は、容易に利用することができる。
 もちろん、パソコンを利用できる生産者に対しては、インターネットを利用して、自分の品目ごとの販売実績を取得するようになっている。そして、iPadなどが普及してきた現在においては、タブレット端末の活用方法を考察している最中なのだそうだ。
 デジタルだけではない。昔ながらの手書きのイベント情報誌も主に生産者向けに発行しており、出張直売所の全体情報を月1回程度伝えているという。
 こうしたデジタルとアナログ、両方の手段を使って、細やかに販売情報を生産者に伝え、販売意欲や向上心を引き出しているところに、JA雲南のユニークな直売事業推進の秘訣の一つがあるのだろう。
 他方で、生産者と消費者の間の情報交換にも最新の手段で力を入れている。例えば、出荷者などの情報が記載されたバーコードラベル(出荷表示ラベル)をQRコード対応にし、そこから当該の農産物を作った生産者の各種情報にアクセスできるシステムも導入している。ホームページ上に圃場や栽培・収穫時の様子、農家の顔写真や生産にかけた思いなどを掲載し、消費者が直接それを閲覧できるようにしている。
 さらには、タブレット端末導入とともに、消費者から生産者にダイレクトで農産物の注文ができるようなシステムの整備を図っている。「必ず、生産者の意欲向上と品質の改善につながるものと確信しています」と須山さんは力を込める。

タイトルなし

栽培研修・人材育成を一手に引き受け


 JA雲南のユニークで画期的な直売事業の力の源泉となっていると思われるものをもう一つ上げると、それは、生産者と共に進める栽培や加工、販売などに関わる徹底した研修の実施であり、次世代の農家や直売事業の担い手を生み出すための各種人材育成事業だと言えよう。
 生産出荷者を対象にした研修会や講習会は、かなり頻繁に、創意工夫した形で重ねられている。例えば、種苗会社の専門家を講師に招いた「売れ筋野菜栽培講習会」。生産者の圃場を借り上げ、通年の売れ筋商品であるニンジンやゴボウの栽培のための畑づくりから播種までを実地研修する。新規就農者を対象にして毎年連続して行っているが、ベテラン農家の中にも、これに参加して「勉強になった」という人が多いそうだ。この講習会は有料。有料にすることで学習意欲が増すという。
 同様の趣向で、鍬立て、マルチかけ、ホーレンソウの種まき、玉ねぎ植え付け…こうした畑での実習が生産者のモチベーションを引き上げているようである。
 もちろん、品種特性と栽培管理、農薬の使用方法、生産履歴の記録、販売に関わるコツとノウハウなどに関する座学なども繰り返し行われている。
 栽培技術の引き上げによる農業振興は、JAの本来の役割だと言ってしまえばそれまでだが、何よりこのJA雲南は、JAとして経営する直売所を持っていない。JA以外が経営する直売所で販売する農作物の質を向上するために、栽培技術や農薬管理、栽培履歴の記録などの講習会・研修会を繰り返しているのである。この姿勢は、JA直営店の売上げ額の引き上げばかりに執心しているJAマンや、一方、逆に、「直売所は系統出荷に対するアンチ」などと称しながらも、栽培技術の向上や生産履歴の管理などは当該地域のJAへの「おんぶにだっこ」を決め込んでいる直売所運営者などが、真摯に学ばなければいけない姿勢ではないだろうか。
 また、地域の子ども達に地域の「食」や「農」、また「直売」を体験してもらうために、圃場の見学や栽培体験、修学旅行時の雲南野菜の販売体験なども積極的に行っている。こうした取組みが、次世代の直売事業の担い手を育成することにつながるであろう。
 このように、JA雲南は、管内にある直売所を支えながら、直売所が持っている内発的な自己啓発機能や、地域の子どもたちに対する教育的機能などを、一手に引き受け、企画をプロデュースしているのである。このことが、農家や直売所から信頼を集めることにつながり、出荷量や売上げ額の増加につながっているのだと言えよう。

「里山が枯れる前に!」


 JA雲南の直売事業に関わる創意あふれる取組みは、本当に枚挙に暇がない。こうしたユニークな取組みは、実は、「本来JAはこういうことに最大限の力を入れるべきだ」と皆が考えていることかもしれない。
 だが、須山一さんをはじめとするJA雲南のスタッフたちは、実際、どのような思いで、こうした直売事業を展開しているのであろうか?
タイトルなし
タイトルなし
 「島根のうちの農協の管内には、もう、そこでしか生きて行くことのできないおじいさん、おばあさんが一杯いるのです。その人たちは、自分たちの農産物を食べたお客さんが喜んでくれる、『おいしかったよ』と言ってくれる―このことがうれしくて農業を続けているのです。この笑顔を絶やしたくない。そのために直売事業を進めているのです」。須山さんはこう話す。
 中山間地の小さな農業、高齢化する農業、そしてそれを支えている直売所―こうしたものを守ることが出来なくて、どうして「大きな農業」「競争力がある農業」が作り出せるのか? 大きな直売事業、売上げが高額な直売事業を追い求めて、すでに作り出されている直売所のつながりやネットワークを破壊してしまうのは本末転倒だと言わざるを得ないのではないか?
 JA雲南の直売事業の取組みは、そんなことを改めて考えさせられる、ヒューマンで根源的な問いを発しているように感じられた。   



プロフィール
雲南農業協同組合 営農部  次長 須山一さん
 JAの担当者として、奥出雲産直推進協議会の結成から、企画・運営・実践を行なう。JAと18箇所の直売所をネットワークし、保冷車で管内の集箇所を巡回集荷させることで農産物の鮮度保持と高齢者等の出荷をサポートする体制整備に貢献。
 サテライトショップ(大消費地の量販店内のインショップ)では、自ら集荷販売を実践している。


     

産直コペル申し込み

産直コペルのお申し込みはこちら! 年間6冊3240円(税・送料込み)です。

産直新聞

長野県版フリーペーパー! 直売所や道の駅で見かけたら手に取ってみてくださいね。

特別プロジェクト

信州の「環境にやさしい農業」実践直売所育成プロジェクト 推進中!

平谷村地域おこし協力隊facebook

人口480人。長野県で一番小さい平谷村で活動する地域おこし協力隊の活動記録