激変するアメリカ西海岸の農業・食料事情

― organic(有機)、healthy(健康)、local(地域) ―

(平成26.6.10 産直コペル)   文・毛賀澤 明宏

タイトルなし
 米国・カリフォルニア州の農業と食品流通の状況を視察する機会に恵まれた。土づくりからの農業を提唱するNPO法人「土と人の健康つくり隊」(長野県宮田村)が主催した視察ツアーで、全国から、先進的な農家・農業集団、農産物にこだわりを持つスーパー・小売業・卸売業の関係者など43人が参加した。
 同NPOの理事長は、長野県に約30店舗を展開するスーパーツルヤの元常務で、全国のスーパーマーケットの多くが加盟するCGCグループで中心的役割も果たした伊藤勝彦氏。その関係もあり米国での視察先はスーパーやそこに納品する大型農家が中心だったが、現地コーディネーターのJACエンタープライズ代表取締役の浅野秀二氏の博識と詳しい解説のおかげで、産直・直売事業を含めて、カリフォルニアの農と食の現状を良く理解することができた。
 ツアーの全容はとうてい紙幅に収まりきらない。筆者の目から見て、日本の産直・直売事業にとって参考になると思われる事象をピックアップして報告する。現状において、アメリカの食と農についての筆者の知識は乏しく理解は皮相であることは否めない。それを承知で本レポートを公開するのは、米国の状況を鏡にして、日本の食と農の状況を考察するための議論の活性化を望むからである。

 なお、文中の統計値などは、直接取材先から聞いたほかは、浅野秀二氏の著書「米国小売業最新レポート」に依った。視察の機会を与えてくれた伊藤氏と、様々な示唆をいただいた浅野氏に、また、視察に同行させていただいた諸氏に、誌面を借りて感謝したい。



均質性・効率性重視から、別の次元へ進む米国のスーパーマーケット


 米国はスーパーマーケット発祥の地だ。
 買い物カゴを持って店内を回り、必要なモノをカゴに入れてレジで精算する。過程の厄介な会話やモノ・金のやり取りはない。当然店員も少ない。このような効率的で合理的な販売システムの導入と普及によってコストダウンを図り、廉価な商品の多売を可能にして、消費者ニーズを満たすと同時に、企業側の収益も確保する―米国式スーパーマーケットの在り様についてのイメージは、多くの人々にとって、およそ以上のようにまとめられるのではないだろうか?
圧倒的な野菜の量には驚かされる
圧倒的な野菜の量には驚かされる
 特に産直・直売事業に関わる人々の多くは、このようなイメージでスーパーマーケットを捉えた上で、直売所の運営に関して「スーパーのようになってはいけない!」と訴えてきた。筆者もその一人であった。
 ところが、今回の視察でこのイメージが打ち砕かれた。米国のスーパーの多くは、このようにイメージされるスタイルから脱却して、organic(有機)、healthy(健康)、local(地域)、さらにはhumanity(人間味)をキーワードにする新たな次元に進もうとしていることを目の当たりにしたのだ。
オーガニックが前面に押し出されている野菜の売場
オーガニックが前面に押し出されている野菜の売場
 近郊の出荷農家の顔を大きく前面に出し、様々な有機野菜を山のように豊富に並べ、それらを素材にしたヘルシーな惣菜などもそろえている。店員が積極的に客と野菜などを巡る話をすることを奨励し、生産農家や納品業者と店員、また店員相互の関係も、「家族のよう」であることを重視する。そんなスーパー(もちろんチェーン店)が近年急激に多くなり、また、客の受けも良く、売上げを伸ばしているというのだ。

organicが品揃えのキーワード


 今回の視察では、33兆800億円の売上げを誇り約4800もの店舗を持つ全米ナンバーワンのウォルマートをはじめ、売上4位のセーフウェイ、同20位のホールフーズ、近年新しいスタイルで躍進しているトレーダージョーズ、ナゲット、ウィンコ、スプラウツファーマーズマーケットなど、11店のスーパーを視察した。
 もちろんその中には、先に述べたような新しいスタイルではなく、「Everyday Low Price」(年間を通じて消費を低価格で販売する薄利多売の販売戦略)を掲げるウォルマートのような従来式のスタイルのスーパーもあった。
 ウォルマートは、現在でも全米売上ナンバーワンなのだから、こうした「Everyday Low Price(EDLP)」戦略は依然として生きていることは確かだ。だが、これを食い破るかのように、新たなスタイルの店が高所得層を中心に客を獲得しているのだそうだ。実際に立ち寄った店でも、EDLPの店の方が比較的閑散としており、新スタイルの方が活気に満ち溢れていた。
 こうした新スタイルで評判を呼んでいるのが、ホールフーズ、トレーダージョーズ、ナゲット、スプラウツなどであるという。
 新スタイル店の品揃えの最大の特徴は「organic(=有機栽培)」「local(=地域)」を全面に打ち出した豊富な野菜・果樹・加工品である。新しいスタイルの多くの店で、慣行栽培の農産物の棚とは別にOrganicのコーナーが設けられ、大量の有機無農薬栽培の農産物が並んでいた。
 袋詰めなどは少なく、ばら売り(単価が書いてある)、計り売り(グラム単価が書いてあり、レジで計量するか、客が自分で計量して申告する)などで売られていたが、しっかりと品定めし、店員と話し込んでいる客が多いのが目を引いた。

organic野菜を使った持ち帰り用惣菜コーナー。healthがキーワードだ
organic野菜を使った持ち帰り用惣菜コーナー。healthがキーワードだ
 また、新スタイルの店では、棚に並ぶorganic農産物の産地や生産者を明示するポスターやPOPが目を引き、中には、生産者の写真(たいてい夫婦のツーショットか家族勢揃い)を天井から吊るすタペストリーなどにして、「農家の顔」でブランド化を図っている店も複数店あった。
 野菜売り場の担当者に聞くと、基本的には契約栽培された農産物が店に買い取られ、店が価格をつけて販売されている。Organic農産物は売れ筋で、品質の良いものは多少高価格でも購入されるため、仕入れ価格も通常より高めで設定されており農家の生産意欲も高いという。


local―米国式「地産地消」の提唱


 新スタイルの店のもう一つのキーワードは「local(=地域・地域性)」。農産物の陳列棚には、それが栽培された地域を明示するポスターなども多くあった。
 視察のコーディネーターである浅野秀二氏によれば、localがキーワードになったのは、organicがキーワードになるのとほぼ同じころからだそうだ。
 高カロリーの、いわゆる「ジャンキー」な食物を腹いっぱい食べる―そして、肥満化し生活習慣病に陥る―という食生活から、healthyな食生活への転換が奨励されるようになってからは、米国人にとって、organicはhealthyとほぼ同義のカテゴリーとして理解されるようになった。
 また、organicというカテゴリーは、消費者の関心を、購入する農産物の生産過程にまで拡大する役割を果たした。「どこで生産されたものか?」にも消費者が関心を持つようになったのだという。
 そして、食品の流通過程における化石燃料使用量の低減―いわゆるフードマイレージ―についての関心の広がりとの相乗効果もあり、一挙に米国全体に広がっていったのだそうだ。
 20世紀から21世紀への変わり目を前後して、アメリカには、これまでのアメリカのままで良いのか?という自問自答が拡がった。その一つが食に関わること。healthyであり、省エネルギーで経済的(=economy)なものを求め、organicやlocalにたどりついた。つまり、環境との共生を求めるecologyな社会の、食の領域における形がorganicやlocalと考えられるという。
 「アメリカ社会の目指すもの、理念が変化している。本来あったものに戻ろうとしていると言っても良いと思う。日本はそのあたりはどうなっているか?アメリカの表層ばかりを追いかけて、真似ているだけではないのかと思うことも多い」と浅野氏は話す。
陳列方法もどこか楽しげだ
陳列方法もどこか楽しげだ

個性的な接遇と人間関係重視の職場組織


 こうした〝食〟の変化は、〝食〟を扱うスーパーマーケットの会社組織・職場組織にも及んでいるという。
その最たるものが近年目覚ましい躍進ぶりを示しているトレーダージョーズ。全米で365店舗を展開するこのスーパーは、会社組織の運営にいわゆる「現場主義」を徹底させ、売り場の現場組織に、商品選定や開発提案から、店舗改修プランの提案、売り場組織の人事に関わることまで、かなりの提案権や決定権を持たせている。
 そのため、店員のモチベーション(やる気・意欲)はとても高く、その成果は、例えば「全米で一番ユニークな商品が多い」と言われる豊富なプライベートブランドの品ぞろえとなって表れているという。お客の声を直接聞く店員が「こういう商品があった方が良い」「これはこの点を改善した方が良い」と、PB商品の開発に深く関与しているからこそ、95%がプライベートブランドだという豊富で楽しい加工品の品ぞろえになるのだそうだ。
 また、職場における役割分担も固定的でなく流動的で、「誰もがすべての仕事を助け合って進める」(同店店員)ことになっているため、職場の人間関係も良好だそうだ。かつて日本にあった会社ぐるみの人間関係を思いおこさせる「社員は家族」という考え方も広がっているという。
 当然、客や仕入先との人間関係もオープンで明るいものが目指されており、店に一歩踏み入れると、多くの店員が気さくに声をかけ、なにかアドバイスが必要かたずねてくる。店頭のPOPなどのデザインも店員の創意工夫で個性的なものが製作・掲示されている。
 要するに、「合理的で、店員とほとんど話をしなくてもすむ、セルフ方式のスーパーマーケット」とは、およそ異なる趣きの店になっているというわけだ。
 これはトレーダージョーズに限られたことでない。視察で訪ねた別のナゲットというチェーン店の33歳の店長ジョナサン氏も、「お客が喜んでくれる店は、従業員も喜んで仕事ができる店。そういう店を目指している。そのために野菜やその栽培過程のことなども話せるようにみんなで勉強したりしている」などと言っていたように、現在の米国スーパーマーケット業界のトレンド(流行)なのだそうだ。
 こうした会社組織や社員育成のあり方の変化は、依然として失業率が高い米国社会で、働き甲斐のある職場を作り、より有能なスタッフを集め、地域の雇用を創出する方法として位置づけられ、意識的に進められているのだという。もちろん企業の経営戦略の一環であることに間違いはないが、その内実・様態が様変わりし始めているのである。


organic農業―規模は大違いでも精神は共通


 では、こうした様変わりを始めているスーパーに農産物を出荷している農家の状況はどうなっているのだろうか?今回の視察では、イチゴやレタスなどを中心に約70ヘクタールを耕作する野菜農家、在米日本人や日系人を対象にして日本キュウリを生産する農家、約250ヘクタールでプルーンやクルミ、アーモンドを栽培する農家、さらには何と760ヘクタールの水田で米(アメリカ製の中粒ジャポニカ米カルロースやアキタコマチ、コシヒカリなど)をつくる農家などを視察した。皆、organic農家だ。
 「無知」との批判も覚悟で正直に言うと、直接米国で会って話を聞くまでは、「食物メジャーと遺伝子組み換え作物の国なのだから、〝有機〟といっても、実際は…」というような偏見に近い先入観を持っていた。しかし、実際に農業現場の話を聞くと、土づくりについても、農薬の使用についても、極めて徹底して勉強し実行している様子が分かり、「USDA(米農務省)オーガニック」認証をとって栽培している農家の厳格さを思い知らされた。

広大なカリフラワー畑 有機栽培の畑だ
広大なカリフラワー畑 有機栽培の畑だ
 視察した農家の多くが、以前はもっと広大な農地を使っていたが、organicに転換するにあたって、耕作面積を縮小し、事業の「選択と集中」を進めてきたのだという。それでも、収益性は現在の方が良いと口をそろえた。
 organic農産物が市場で訴求力を持ち、慣行栽培のものよりある程度高値でも売れることも一因である。店頭での価格を実際に比較すると、日本の直売所などで扱われているのと同様のホウレンソウなどの葉物野菜が、慣行栽培と有機栽培とで、一束あたり約20円程度違っているように見受けられた。
 だが、農家が異口同音に指摘していたことは、化学肥料や化学農薬に頼って、それらを大量に散布していた頃に比して、その分の経費が軽減され経営改善が進んだことが大きな影響を与えているということだ。少なくとも、米国の場合には、有機認証の取得とそれにふさわしい丁寧な農作業が、農家の収益性についても好影響を与えているのだと言えよう。

「土づくりが一番大変だ」と話す野菜農家のデービッド
「土づくりが一番大変だ」と話す野菜農家のデービッド
 もう一点、前述した野菜農家が特に強調していたことだが、organicへの切り替えの際に同時に、ブローカーから市場に流れる従来の販売経路を洗い直し、基本的に、organicを標榜するスーパーなどとの契約栽培に絞り込んだことが、価格の安定性をもたらし、計画的な農業の実施を後押しする要因となったようである。


産直スーパー」と「産直市場・直売所」との相違点


 以上、簡単にスケッチしてきたように、米国のスーパー・食品業界は、organic、healthy、local、humanityなどをキーワードにして大きな変貌を遂げつつある。また、それに伴って、米国の農業自体も、急速な技術向上を進めている。「高い農業技術に支えられた日本の農産物が世界一」などと言ってタカをくくっていられる状況ではなくなっているのだ。
 ところで、浅野秀二氏の説明によれば、カリフォルニアには3000ヵ所を超える地点で、いわゆるマルシェが定期開催されているようだ。これはいわば「定期朝市」のようなもので、農家あるいは農家の組合が、開催者に場所代を支払って出店し、自ら販売しているようである。農家自身だけでは多くのマッルシェに出店しきれないので、農家から農産物を預かり代わりに出店・販売する販売グループも生まれているようである。
 このような販売形態を一般に「ファーマーズマーケット」と呼ぶが、こうしたマルシェ方式のものではなく、先に述べたようなスーパーでorganic・localを前面に出した販売を進める部分も、同じように、「ファーマーズマーケット」と呼ばれているのだそうだ。後者の方は、「いわば、農家を前面に出したスーパーのイメージ戦略でありその実現形態だ」と浅野氏は説明してくれた。日本でいえば、前者が、産直市場・直売所、後者が、スーパーなどの産直コーナー(インショップ)に近いものと理解してよいだろう。

1976年に渡米し、いまは亡きご主人と日本キュウリの栽培・販売を手掛けてきた吉田りい子
1976年に渡米し、いまは亡きご主人と日本キュウリの栽培・販売を手掛けてきた吉田りい子
 帰国後この件について調べていると、米国ではマルシェ方式の「ファーマーズマーケット」を進める人々が、「ファーマーズマーケット方式」をとるスーパーを相手取って、「ファーマーズマーケットのブランド価値を下げるものだ」という論争を吹っかけていることを知った。
 一見、日本でも行われている「インショップは直売所と言えるか?」という議論に近いもののように思われるかもしれないが、よく考えてみると、米国のスーパーの多くでorganicと掲げて販売している農産物の多くは、農家との栽培契約により、完全に履歴が明確な形で店頭に並んでいるわけである。当然、これにクレームをつけているマルシェ関係の人々も、徹底して生産現場にまで責任を持とうとしているだろう。
このことを想起すると、先の米国の議論は、生産管理・品質保証の面において、正直、日本の産直・直売事業のかなり先を行く議論ではないかと思わされた。
 もちろん日本の直売所・産直市場も、その多くが、農家とともに、栽培技術の向上や生産管理の徹底化を進め、品質管理に力を入れていることはいうまでもない。しかし、中には、品不足の対応を安易に市場仕入れに頼る一方で、農業生産については農家任せで関与せず―を決め込む直売所・産直市場も散見される状況だ。
 誤解を恐れず言えば、organicをキーワードにした米国の状況に学び、良い物をそろえるために土づくりから農業に関わろうとしている日本のスーパー・小売り関係者(かつてからこういう人々を〝目利き〟と呼んだのであろう)もいる他方で、「直売」「産直」の名に胡坐をかき、農業生産からはかけ離れてしまった運営者もいるという現実を、しっかりと見つめなおさなければいけないのではないだろうか?

 今回の視察ツアーのコーディネーター、浅野秀二氏は、繰り返し、「日本の食品流通業界は、米国式スーパーの根底にある質実剛健のプロテスタントの理念・精神を学ばずに、やり方・ノウハウだけを日本に移植しようとした。それではダメだ。アメリカのスーパーの新しい動きの底に、日本人にも共通する、誠実な、モノ作りにかける、また仲間を大切にする、ヒューマンな精神があることを知って欲しい」と訴えていた。浅野氏が指摘する米国式スーパーの原点的な精神とは、案外、日本の直売事業に営々と受け継がれていくべき、その基本精神に近いものかもしれない。


産直コペル申し込み

産直コペルのお申し込みはこちら! 年間6冊3240円(税・送料込み)です。

産直新聞

長野県版フリーペーパー! 直売所や道の駅で見かけたら手に取ってみてくださいね。

特別プロジェクト

信州の「環境にやさしい農業」実践直売所育成プロジェクト 推進中!

平谷村地域おこし協力隊facebook

人口480人。長野県で一番小さい平谷村で活動する地域おこし協力隊の活動記録