旅vol.2 食と暮らしを探す

信州木曽町 無塩漬物「すんき」を訪ねて

 (平成25.12.10)

 霜が降り、朝晩の冷え込みが厳しくなると、木曽町では「すんき」作りが始まる。「すんき」とは、世界的にも珍しい乳酸発酵で保存される「無塩」の漬物だ。
 廃校になった小学校を活用した自然体験施設「ふるさと体験館きそふくしま」(木曽町新開)では、毎年11月頃からすんき作り教室を開催している。町内の人だけでなく、初めて「すんき」を食べるという近隣市町村の人も訪れる。講師をしてくれるのは、「すんき研究会」事務局の野口廣子さん(62)をはじめとする地元のお母さん達。

 晩秋の木曽町へ、無塩漬物「すんき」の作り方を学びに出かけた。


地域で違う「すんき菜」



すんきの材料となる赤カブ
すんきの材料となる赤カブ
 「すんき」の材料は、木曽地域の在来品種である赤カブの菜っ葉の部分。赤カブと一言で言っても、木曽地域の中だけで数種類の品種がある。例えば、旧開田村(現木曽町)では「開田カブ」、旧三岳村(現木曽町)では「三岳黒瀬カブ」、木曽町の隣の王滝村では「王滝カブ」といった具合だ。
 どれも遺伝子系統は同じだというが、開田カブは扁平とした形、三岳黒瀬カブは円錐型で、王滝カブは丸みを帯びた形といった違いがある。それぞれで味や葉の硬さ、色の出具合なども違う。
 
 「すんき」の作り方はいたってシンプル。菜っ葉を1センチメートル程に切り刻み(長いまま漬けることも)、60℃位のお湯にさっとくぐらせ、漬け樽の中に入れていく。そこへ、発酵のもととなる〝タネ〟と呼ばれる完成した「すんき」を入れる。この作業を交互に行いながら仕込み、保温をした状態で乳酸発酵を促しながら、1日置いて完成だ。その後、涼しい所に置いて発酵を止めれば、冬の間、いつでもおいしく食べられる。
 しゃきしゃきとした歯ごたえと独特の酸味は、「すんき」でしか味わえない。初めて食べるとその独特の酸味に驚く人が多いが、その酸味が何ともクセになる味だ。


木曽の気候と風土が育んだ「すんき」の歴史



 「すんき」がいつから作られるようになったのかは定かではない。記録では、約300年前に大津の義仲寺の俳句会で詠まれた芭蕉一門の連句の中に出てくる「木曽の酢茎(すんき)」という言葉が最古だという。いずれにせよ、古くから木曽の人々に親しまれてきた漬物であることは間違いない。海もなく、山に囲まれた木曽地域で、貴重品である塩を使わずに済む保存食として作られてきたものだとされている。 
 しかし、今でこそ「すんき」を作る人も増えたが、もともと「すんき」が作られていたのは木曽町の中でも御嶽山の麓の集落だけだったという。
 木曽町の中でも、特に御嶽山を背負った集落は冬の冷え込みが厳しい地域だ。「すんき」は気温が下がってからでないとうまくできないというから、この冷涼な気候があって初めてできる食文化なのだ。
 「温めないとできないのに、寒くないとうまくできないのだからいつも不思議に思う」と首をかしげながら、野口さんはそう教えてくれた。
講師をしてくれた野口さん
講師をしてくれた野口さん

「すんき」の出来は運次第?

 

すんきの完成
すんきの完成
 「すんき」は、同じ人が作っても同じタネを使っても同じ味にはならないという。漬け込む時期や、カブの収穫時期によっても味が変わる。長年、漬けている野口さんでも「うまく出来るかは運次第だと思っている」と笑う。年の瀬が近づいた晩秋に作り始めるためか、「『すんき』がうまく漬からなかったから、来年はいい年じゃないかも」と運試しのように言う人もいるのだとか。
 「すんき」の発酵に関わる乳酸菌は複数あり、それらが複雑な動きをしながら「すんき」は出来上がる。いつ、どの段階でどの菌が働くのか、詳しいことまでは分かっておらず、「最も美味しいすんきの作り方」は未だ解明されないままだ。
 「もしそれが分かれば、『すんきメーカー』なんてものが出来るかもね」と野口さんは笑いながら話す。しかし、野口さんが話す経験や勘には、学術的な事実とはまた違った説得力と重みがある。解明されない方が良いこともある、とふとそんな思いが頭をよぎる。

「すんき」を次世代へ


 「すんき」の作り方は住環境の変化によって、少しずつ変化してきたという。昔は、隙間風が入るのが当たり前、密閉された空間の少ない家が多かった。暖房を入れれば家全体が暖まる、なんてことは有り得なかったのだ。そのため、木曽の各家庭にはコタツに入る位の少し小ぶりの「すんき桶」という木桶があり、コタツの中や囲炉裏の近くに置いたりして温めたのだそうだ。しかし、現代の家は、密閉され、暖房を入れれば冬も夜も暖かい。「だから昔の作り方と全て同じにしていては、うまくいかないかな」と野口さん。また、今では発泡スチロールなど、手軽に保温できる資材もある。

出来上がった「すんき」 べっこう色が上手く漬かった証拠。
出来上がった「すんき」 べっこう色が上手く漬かった証拠。
 そうした道具を使いながら、現代に合った形で手軽に「すんき」を作ることも重要なことだ。


すんき」を毎日食べること



すんきの味噌汁
すんきの味噌汁

 「この時期は毎日すんき汁を飲む」と木曽町民は口を揃える。「すんき汁」とは、「すんき」を具にした味噌汁の事だ。
 だし汁に味噌をとき、最後にパッと「すんき」を加えるだけで完成の手軽な家庭料理。味噌で少しまろやかになった「すんき」の酸味とうま味が滲んだ温かな味噌汁は、寒い冬、心も体も温まる。
 「『すんき』は美容にもいい」という。木曽の女性は年齢を感じさせない人が多いのも、「すんき」のおかげなのかもしれない。



タイトルなし

すんきの特性 

 すんき漬けは、日本で唯一の、無塩発酵のお漬物。そのすんきが今なぜ注目を浴びているか。それは、塩を使用せず、植物性乳酸菌の力のみで作られた漬物だからです。古来からの郷土食にも関わらずこれからの理想の食卓に「新しい」を提案しています。
 まず、発酵食品の話をしましょう。発酵食品は、微生物(酵母や酵素、様々な細菌)達の働きで食物の中の栄養素を分解して、体に良い成分に変化させた食品のこと。日本では、味噌や納豆、しょうゆ、お漬物などがあります。日本酒や焼酎などアルコール飲料も発酵によって生まれた食品です。
 驚いたことに、すんきのつかり汁には、1ミリリットル当たりで、「約1億個」のさまざまな植物性乳酸菌が生息しています。
 乳酸菌には、乳製品に含まれる動物性乳酸菌と、大豆などの植物に含まれる植物性乳酸菌があります。植物性乳酸菌は、動物性乳酸菌とは違い、過酷な環境、栄養バランスが悪い条件の中でもたくましく生育できる力があります。人間の体内の胃酸や消化液といった過酷な環境を潜りぬけ、生きて腸まで届く確率が高いのです。ヨーグルトや乳製品などが有する動物性乳酸菌の多くが胃酸で死んでしまう中、植物性乳酸菌は、生きて腸まで届き、そのパワーで腸内環境を整えてくれます。 
 特に日本人は、消化に時間のかかる繊維質の多い植物性の食べ物を好んで食べてきたために、腸が欧米人より長いといわれています。漬物などの発酵食品を食べて、自然に植物性乳酸菌が摂取してきたのです。また腸内環境を整えることは、免疫力向上にもつながります。 
 人の体は、白血球の中のナチュラルキラー細胞(NK)という免疫細胞ががん細胞や病原体、ウィルスなどを攻撃して体を守っています。ところが、免疫細胞は加齢により次第に低下していきます。若い人でも、食生活の乱れやストレスにより低下してしまいます。免疫力を作る細胞は、7割が腸に集結しているといわれている免疫細胞を活性化して免疫力を向上するために、乳酸菌を継続的に摂ることが求められます。腸内免疫力を高め、バリア機能を正常にすること、これは、私達が健やかに生きるに必要不可欠なことです。
 「すんき漬けのような郷土食」にみられる先人の知恵を見直すことは、賢明な食生活の礎です。




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