ムラおこし百景 ~地域活性の「仕組み」研究~

「手書きPOP」で伝えるべきこと かくまつとむ

(平成26.2.10)

 人類学の本だったか、身体科学の本だったかは忘れてしまったが、印象的なフレーズがある。人間がほかの動物と決定的に違うのは「物事を考え続けないと気がすまない生き物」だということだ。
 人間は、脳が考えた抽象的なイメージを物事という形で表現する特殊な力を持つ。日々刻々と何かを考え、新しいことを見つけ出し、自分自身をバージョンアップさせようとするのが人間の本質なのだとか。
 現代、この習性は別な言葉に言い替えられている。「努力」「創意工夫」だ。「カイゼン」という言葉もこれらにあてはまるだろう。
 
 いささか前起きが長くなったが、今回は地域活性化の取り組みにおいて「考えるとは何か」ということの一端に焦点を当てたい。
 
 直売所の運営に関する情報は、すでに相当量蓄積されているといってもよいだろう。とくに、サービスやシステムの工夫に関するノウハウは、他の販売業に引けをとらないレベルになりつつあるし、逆に他の業界が、直売所が手探りで培った知恵や技術を貪欲に吸収しようとしているようにも見える。
  直売所のよいところは、成功したパイオニアがその秘訣を惜しみなく公開していることだ。しかし、伝授された貴重なノウハウがうまく活かされているかというと、そのあたりはいささか怪しい。
 むしろ、広く伝授されたことでサービス自体が規格化され、似たりよったりの形態になることもある。システマチックだが、あるべきはずの地方色や、店の個性を感じないケースも増えてきた。売れるのかもしれないが、利用者としてはつまらない。
タイトルなし

  たとえば「手書きのポップを立てるとよい」という情報は、いま関係者に広く共有されていると思う。客の立場から見ても、たしかに手書きのポップは目に止まりやすいし、売り手(生産者)の人柄もわかるので、より親しみを感じる。
 ただ、これだけ手書きポップという展開が当たり前になってくると、もうひと工夫ほしい気がする。
 
 近年、繁華街を歩くと目につくのは、筆文字を使った飲食店の看板だ。印刷文字やレタリングのロゴで屋号を掲げるより、手書きの方がインパクトがあるということで、ひと頃から急速に普及したスタイルだ。
 筆文字といっても正統派の書ではなく、かなり癖がある。看板の文字が個性的だから、料理の味にもオリジナリティーやこだわりがあるに違いないという気にさせる。この工夫は、最初は功を奏したと思う。
 現在において、その期待はたいてい外れる。当たった店のやり方を見た新興店が真似をし、飲食街が癖文字看板だらけになってしまったからだ。識別基準にならないのだ。
 しかも、筆文字といってもどこか見たような感じがする字ばかり。そう、相田みつをや片岡鶴太郎のような筆致である。当初の差別化のポイントは「筆文字のぬくもり」という点にあったはずだが、ノウハウ化されるうち「癖があるほうがよく目立つ」という解釈にすり替わってしまったようだ。
 
 後に知ったことだが、そういう店の多くは、じつは大手フランチャイズ・チェーンが経営している。メニュー素材の多くもセントラルキッチンから運ばれてくる。邪推的に見れば、癖文字看板は大手イメージを隠して個性的な独立店と錯覚させる演出だ。
 はじめは気づかなかったが、同じような店が乱立しだすとカラクリが見えてくる。私の飲み仲間の間では、数年前から〝鶴太郎文字〟の看板の店には入らない、が合言葉である。
 工夫を取り入れたつもりでも、考えることをやめてしまうと埋没化するという実例だ。直売所の手書きのポップも、デザイン技術だけを真似ると、早晩同じようなことが起こるかもしれない。実際、すでに私の目には同じように見えつつある。
 最近、その原因がわかってきた。絵や字が得意な人がポップを書いているからである。人前に自分の字を掲げるというのは、誰にとってもかなり勇気のいることだ。そういう役回りになったとき、字に自信がない人はたいてい逃げてしまう。
 
 直売所に出す商品ディスプレーでいえば、家族の中で字を書くのがそれほど嫌ではない人が自然にポップ担当になる。やさしい感じがよいということで、お母さんやお嫁さんが書くことが多いが、ある意味では消去法の役回りである。

ポップは手書きの方がインパクトがある
ポップは手書きの方がインパクトがある
 これは私だけの見方かもしれないが、直売所のよさはプロっぽくないところだと思う。もちろん作っている農産物や加工品はプロと呼べる水準でなくては困る。しかし、売り方はそこそこでよい。売るのはまだまだ素人です、という緊張感と気恥かしさ、謙虚さのようなものが混じった空気もまた、直売所の楽しさを演出するディスプレーであるような気がするからだ。
 もちろん手書きのポップはないよりあったほうがよい。でも、ポップを書くのはかあちゃんや嫁さんの役目、という考え自体はそろそろ改めてもよいのではないか。
 今週は父ちゃん、来月はボク、9月の敬老の日にはじいちゃんに書いてもらおう、というくらいの発想とノリのよさが欲しい。商品のことだけでなく、全然関係ないけれど自分が日頃から思っていることなどをぽつりと添えてみるのもいい。
 
タイトルなし

 そう。家族新聞を作るようなつもりで、みんなでポップを担当するのだ。そうすれば、目を止めた人もなんとなく楽しくなったり気になったりして、また売り場の前に来てくれるかもしれない。
 下手でもいい。いや、下手がいい。字や言い回しが少しくらい間違っていたってかまわない。並べた野菜のことだけでなく、生産背景や、家の雰囲気のようなものまでが見えてくることが、直売所という交流施設における、これからのポップの条件なのではないかと考える。
 真似ることは簡単だが、つまらない。日々創造を続け、オリジナル化することに喜びを見い出したい。工夫することが大好きな、人間という動物に生まれてきたのだから。



かくまつとむさん
情報工房「緑蔭風車」代表 フリーランスの記者 兼企画構成者
自然誌や熟年生活誌などのライフスタイル雑誌、農業誌などを中心に取材活動を続ける。さまざまな「考えて書く仕事」を手がけている。「地域活性」「一次産業」「教育」「文化継承」「持続可能な社会」をテーマに据え、取材型の分析法を用いて自然・農・人・社会をつなぐ活動を続ける。


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