全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―
農家を訪ねてvol.15 このまちの未来に夢を
愛知県豊田市にある大橋園芸では、年間で65万本以上の苗をハウスで生育・販売するかたわら、30 haの圃場では米や大豆・小麦を栽培している。常勤スタッフは、パート含め、計8人。
代表の大橋鋭誌さん(40)は、豊田市周辺地域の若手プロ農家集団「夢農人(ゆめノート)とよた」の相談役も務め、これまで様々な活動を通して地域を盛り上げてきた。大橋園芸の運営のみならず、豊田市の農業や町全体のこれからについて考えながら幅広く活動する大橋さんを訪ねた。
責任があるからこそ魅力がある
「苗半作」という言葉がある。農業においては、苗の出来の良し悪しが、その作物の収量に大きく左右するという意味だ。良い苗を育てることで、収量の半分が保証されたようなもの―とまで言われるほど、苗の生育がその後の作柄に及ぼす影響は大きい。
大橋園芸で野菜苗の販売を始めたのは、昭和40年代前半。当時は、ちょうど農家が種から苗に、栽培方法を切り替える時期だったこともあり、先代である大橋さんの父、久男さんは米の栽培と同時に野菜苗を作ることで農園の運営を安定させていったという。
その後、大橋鋭誌さんが農園を継いでからは、野菜苗や花の苗、水稲苗など、苗の生育販売にそれまで以上に力を入れるようになった。これには、豊田市内にいた苗農家が高齢で農業を辞める中で、大橋園芸への引き合いが増えたという事情もあったが、それ以上に「米栽培と苗の生育、両方やりながらも、苗の方がおもしろいなと思ったから」と大橋さんは語る。その理由を尋ねてみると、こんなふうに答えてくれた。
「苗って、やっぱり難しいんですよ。赤ん坊を見守るような気持で、一瞬も気が抜けない。3時間と目を離したらすぐにダメになってしまうこともある。でも、『苗半作』と言われるように、農家にとって苗はそれだけ重要なものだから、その責任の強さに魅力を感じるようになったのかもしれないなあ」
現在大橋園芸では年間200品種以上の苗を65万本以上も出荷している。もちろん、品種が違えば発芽適正も生育適正も異なる。苗の育成には丁寧な心配り、繊細な技術が必要とされる。「これまで、本当にたくさん失敗したけれど、そのたくさんの失敗がもとになって、うまくいくためのやり方がつかめてきた。とにかく間違いのない良い苗を作って農家さんに引き渡す、それが最低レベルであり一番大切なこと」と、力強く話す。
大橋園芸で生育された苗は、その後豊田市内を中心に愛知県内の様々な農家の手にわたって育てられる。
「1つ1つの苗がそれぞれ実になって、何人の人が口にするのか。最終的に豊田市内でどれだけの人が食べることになるんだろうって思うんです」。わくわくした表情で大橋さんがそう語るのを聞いていたら、ここで育てられた苗たちが、豊田市内へと次々広がっていく様子が想像され、こちらまで楽しい気持ちになった。
夢農人とよた
前述した通り、大橋さんの活動は大橋園芸の運営のみにとどまらない。豊田市周辺地域で作られた農産物を広めるために5年前に立ち上げた組織「夢農人とよた」の相談役を務める。3件の農家からスタートしたこの組織、現在では豊田市周辺地域に住む若手プロ農家29件が名を連ね、イベント企画やマルシェ出店、他業種とのコラボ商品の開発など、様々な活動を繰り広げる。
立ち上げメンバーは、大橋さん、トヨタファーム(養豚)の鋤柄雄一さん、いしかわ製茶の石川龍樹さんの3農家に、豊田市内の広告代理店、株式会社ルーコが加わり、結成されたという。
「豊田と聞いてほとんどの人がイメージするのは、車。自動車の町、工業の町というイメージがあまりに強くて、『農業』のイメージが湧きづらい。でも、豊田にもおいしい農産物がたくさんあるということをもっと知ってもらいたかった、豊田=車という、そのイメージを変えたかった」と、その目的を語る。さらにこうも続けた。
「豊田の若手農家ってすごく少ないんです。人口42万人のこの地域の中で、40歳以下で農業やってるのってせいぜい100人くらいしかいない。そんな奴らが一言も声をあげないまま活動していたら、誰にも知られないまま終わってしまう。農家ってPR下手が多いから」
そんな思いで大橋さんらが夢農人を結成し、若手農家で集まって積極的に外へ向けた販売やPRを重ねてきた結果、だんだんと多くの人が豊田の農産物を知るようになり、「夢農人とよた」の野菜がブランド化されてきたのを感じるという。「農家自身が語り、出ていく場を作れたことが大きいかな」 と、手ごたえを話してくれた。
イベント出店時には「ただ野菜だけ売っててもつまらないから」と、自分たちで作った小麦を使って作ったうどんをその場で調理・販売したり、同様に自分たちの米を使って餅つきをしたり、ポン菓子を提供したりもするという。「みんなどんどん芸達者になってきて、いろんなことができるよ」と笑顔で教えてくれた。
この先、豊田の農業に何を残していけるのか
「若い農家が楽しんで活動していることが、地域の後継者を生むことにもつながると思う。この先、豊田の農業に何を残していけるのかなってことを考えるんです」と話す大橋さん。
今年3月には、豊田市内にあった、築100年の蔵と茶室を使って何かできないか、という提案を受けたのを機に、「蔵カフェ ころも農園」をオープンした。蔵はカフェに、併設の茶室はマルシェへと改装し、夢農人メンバー皆で運営する。マルシェでは自分たちが作った農産物や加工品を販売し、カフェではそれらを使った食事を提供している。
作目を超えた農家同士のつながりや、他業種企業や消費者との直接のつながりは、6次産業化や、新たな商品やアイディアを生むための確かな推進力となっているのだろう。
「夢農人とよた」では、販売や商品開発の他にも、農業そのものをより多くの人に知ってもらうため、農業体験や座学など、幅広い食育活動も行い、農家という職業の地位向上にも力を入れている。
種をまくところから、人の口に入るまで
大橋さんは自身の取り組みについて、「農業だけをずっとやっていなくてもいいと思っている」と言いながら、こう語った。「種をまくところから、人の口に入るところまでをプロデュースする、すべて『百姓』の仕事うち。従業員はじめ、家族や仲間のおかげで、それができる土俵まで来られたと思っている」
市内には、大橋さんがオーナーを務めるフレンチレストラン「レクラ・ド・リール」もある。もちろんここで使う野菜はほぼ100%自身の農園で育てたものだ。この店舗も、もともとつながりのあった店舗の持ち主や、知り合いを通して出会うことになったフランス帰りのシェフなど、様々な結びつきがもととなって始まったもの。大橋さんのやっているのは、農業を軸にした地域づくりそのものだ。
「町全体が活気づくためには、農業だけでなく、商業だけでなく、トータルに考えないと」と話す彼に、自身の農園だけでなく、なぜ地域全体のことまで考えるようになったのか、そのきっかけを尋ねてみた。すると、「きっかけはわからないなあ」と話しながらも、「でも、自分のことだけ考えていても仕方ないし、皆で儲けないと楽しくないってのは思いますね」と答えてくれた。
自然とそんなふうに考える彼だからこそ、その周りには農家だけでなく、他業種を含むたくさんの人が集まり、楽しいアイディアが次々に生まれ、実現するのだろうと感じた。
次なる構想
大橋さんの次なる目標の1つに、「施設園芸を豊田地域で広める」という構想がある。この地域には畑作農家が圧倒的に少ないのだという。それは、自動車産業の発展に伴い、かつて農家だった家の子供たちも自動車関係の職に就いた者が多く、兼業で米は作っても、畑を継ぐ者がほとんどいなかったためという。
「それでも、これだけ人口のある地域なのだから、もっと地場の野菜を増やしたい」というのが大橋さんの願いだ。「種類によって、施設園芸のほうが、良いものを長くとれるものもある。それになにより、今は台風や集中豪雨、何が起こるかわからないから、そういった災害に強い農業を育てたい」とその思いを話す。
さらには、来年開通予定の新東名高速道路に建設中の岡崎サービスエリアに、「ミカワフォレスト」という店名で地域の農産物を使った商品を販売する計画もあるという。ここでは地域内の契約栽培農家の農産物やそれらを使った加工品を販売、PRする予定だ。
サービスエリアへの出店は、言うまでもなく各方面から人気で、多くの販売希望者が手を挙げたという。そんな中で最終的に大橋さんらが選ばれたことについて「これまでいろんな活動をしてきたからこそ、今回声をかけてもらえたと思っています。すごくありがたいこと。サービスエリアでの販売は、全国の人に向けて発信することができる大きなチャンス。これまでやってきたことの集大成のように捉えています」と力強く話した。
ここから10年、20年が正念場
「将来的には農業をやりたい人がもっと増えて、さらに個々の農家がもっと強くなるのが理想。食べ物は、なくてはならないものだから、いろんな切り口でそれを訴えたい。ここから10年、20年、豊田の正念場だと思う」と、大橋さんは豊田のこれからについて力強く話す。
「そのためには、自分たちが楽しくすること。自分が元気なうちに、どんどんやっていきたい」と笑顔で語った。
「農業だけの視点でなく、幅広く活動していたら、どこかで自分の必要な人と出会えると思っている」と話すその言葉には、これまで彼が歩んできた人生が表れているようだ。多くの人を惹きつけ、巻き込み、巻き込まれながら大橋さんが豊田で蒔き続けてきたたくさんの種は、様々な形で実って、豊田という地域を豊かに彩っていくだろう。
● 大橋園芸
〒470-1207
愛知県豊田市鴛鴨町畑林280
TEL・FAX:0565-29-0365
夢農人HP:http://yume-note.com
(平成28.1.12 産直コペルvol.15より)