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新規就農その3 ハードル高くとも成功する農業を

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 長野県富士見町では、平成22年からの5年間で、34組の新規就農者を受け入れてきた。平成9年~21年までの13年間で13組だった実績を考えると、近年、富士見町での新規就農者が増加していることが分かる。
 それだけではない。新規就農を志した人でも、様々な事情からリタイアしてしまう人も少なくない。その割合は、平均3割程度だといわれている。しかし、富士見町では過去5年間の就農者でリタイアした人はわずか3組のみ。それも家庭の事情など、やむにやまれぬ場合だけだ。富士見町で新規就農した人のほとんどが、そこに定着し、農業者としてのキャリアを積み続けている。
 新規就農者は富士見町の何に惹かれ、なぜ、ここで農業を志すのか。そこには、町独自の取組みとスタンスがあった。


「数」ではなく「質」



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 富士見町が独自に行う新規就農者支援のひとつに、「新規就農者支援パッケージ制度」がある。富士見町で新規就農者が増え始めた平成22年から行ってきたこの制度。概要は次の通りだ。

(1) 「指導者」
 長野県新規就農里親制度を活用し、登録されたベテラン農家・法人の農場で事前研修を行い、最も相性の良い指導者を富士見町が紹介する。

(2) 「住居」
 原則として、研修中および独立後3年間は民間アパートに入居してもらい、農業経営安定後は町の空き家バンク事業を活用して一戸建てを紹介する。

(3) 「農地」
 1〜2年間の研修期間中に、研修先の指導者と町・農業委員が相談して栽培品目に適した農地を提供(賃貸)する。

(4) 「町単独補助金」
 平成23年からは町独自の補助金を支給。所得が無い「研修期間」と「独立1年目」に年48万円を補助。平成24年度からは国の「青年就農給付金」がスタートしたため、町単独補助金は給付金の要件に合わない農業後継者を中心に補助を行っている。

 新規就農者支援を担当する産業課営農推進係長植松聖久さんは、この制度開始時から、先頭に立って進めてきたひとりだ。植松さんは、制度そのものの成果だけでなく、町が貫いてきた信念が現在の実績につながっているという。
 「新規就農者を受け入れるのに大事なのは、目標値ではなく質を重視すること。私達が就農者を見極める目を持たなければならないと思っています」
 富士見町は人口約1万5千人の小さな町だ。人口減少などの課題もある中、就農希望者すべてを受け入れるようなことはしない。新規就農希望者には、面接から農業体験、研修など段階的に町が「農業適性」を見極め、支援を決定していく。
 「目標値や人口増という目先の結果にとらわれ、農業に適性の無い人を入れてしまっては、人生を預かる立場として無責任」と植松さんは言い切る。実際、直接町に新規就農を希望する人は年間約70人。しかし、植松さんが「農業適性あり」と感じる人はその中の約1割。農業を産業として捉えるからこそ、町として新規就農者を見極めていく。それが富士見町の行う「就農支援」最大のポイントだという。


「就農支援」とは何か



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 富士見町がパッケージ制度を始めるきっかけとなったのは、現在の小林一彦町長が「町の基幹産業である農業の復活」を掲げたことだった。もともと、農業が主体の町だったが、大手精密機器企業の工場ができたことを契機に、不安定な第1次産業への従事者は年々減少。その担い手不足は深刻だった。そして同時に人口減少にも悩まされ、どうにかして人口を維持していくため、また町としての魅力を上げていくためにも、もともとの基幹産業である「農業の振興」は欠かせない。
 制度を始めるに当たって、当時、すでに富士見町で農業を始めていた農業者や農業法人の代表などとの意見交換を行った植松さん。
 「当初、風当りは厳しいものでした。すでに自力で経営している農業者の方々にとって、『就農支援』を掲げる私達は、短絡的にも映ったのでしょう」
 しかし、意見交換を進めていく中で、「農業を産業として位置付ける」ことの重要性を認識していく。また、税金を投入する支援制度は、町としてみれば「投資」のようなもの。「サービスを提供する」だけでなく、いずれ、税収を上げてもらうような産業を創出することが、支援制度を進める上で大事なことだと、植松さんは考えた。
 「富士見町は実は『就農しにくい町』です。でも『成功する農業』ができる、生計を立てられる農業者になれるという評判が、新規就農者の増加につながっています」
 現在、日本における新規就農者のうち農業だけで生計を立てられる人は全体の23%程度(※全国農業会議所調べ)だといわれている。国の給付金が切れたら、離農してしまう人も少なくない。それが新規就農者の現状だ。
 だからこそ、富士見町は「人生を預かる」気持ちで新規就農者と真剣に向き合う。町の産業を担う良い人材を確保し、これを町の生き残り策として位置付けている。
 それは地域にとってみても、いい循環を生み出した。以前は、地域住民に支援制度について理解されない時期もあったが、ひたむきに農業に取り組む新規就農者達の努力もあり、「町が見極めてくれた人なら」という信頼感が地域に根付き始めた。農業は一人でできるものではない。地域とつながるコミュニケーションの円滑さが、農業経営には欠かせない。地域にいかに馴染んでいくかも就農する上では大事な要素だ。新規就農者と町、そして地域の信頼感が、地域全体にいい影響を与えている。


いずれ「地域」に恩返しを



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 制度が始まって6年。自立した農業経営を行う人も増え、町としての就農者支援も転換点にきている。今後は、農業技術を磨いた就農者達が、より、地域農業の中心的役割を果たしながら、農業競争力を強化し、さらなる「農業の産業化」を目指したいとしている。
 「新規就農者には、いずれ地域に恩返しできるような形を作ってもらいたいと思っています。地域農業の中心となり、自ら新しい農業者を育てていって欲しい。それがこの支援制度の最終形だと思います」。植松さんは期待を込めた笑顔で語った。


富士見町の「新規就農者支援」のポイント



(1) 良い人材を確保する
植松さんが考える「農業に向いてる人」
1.経営感覚のある人(計算の早い人)
2.決断ができる人(判断力のある人)
3.人の話を聞ける人(コミュニケーション力が高い人)

(2) 段階的に農業適性を確認する
富士見町での新規就農までの流れ
1.履歴書の提出と面接(就農意欲が認められた場合は2へ)
2.1日の農業体験(作業態度が良好、農業適正が認められた場合は3へ)
3.1年間の実践研修
4.1年間の独立前研修
5.独立

(3) 所得目標を高くする
5年後の所得目標(売上ー経費)を300万円以上にする。農業適性があっても、所得目標が300万円以上となる見込みのない人は原則として支援しない。

(平成28.3.10 産直コペルvol.16より)
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