全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

「梨があったから」 土地の実りが支えた日々

 渕上美沙子さん(63)は、農業歴40年のベテラン農家だ。朝倉市の中でも被害が特に大きかった高木地域黒川地区で、梨をメインに桃や米なども栽培していた。しかし、豪雨災害の折、桃畑などに土砂や大木が流れ込み、多くの農地が流出してしまった。農地のみならず、家屋も全壊してしまったため、現在は市内の親戚の家を借りて住み、そこから黒川地区の畑に通いつつ被害を免れた梨の収穫に励んでいる 


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「食べてもらいたい」 収穫で忙しい日々



 「どげんかして、皆さんに食べてもらいたいと思って」。そう言って、渕上さんは笑顔を見せた。道路が寸断し、一時孤立状態にまでなった黒川地区だったが、現在は崩落した道路に沿って仮設の道が作られ、渕上さんのように避難先から黒川地区へ通ってくる人もいる。

 寒暖の差が激しい黒川地区は昔から甘い果樹が育つといわれてきた果樹の産地だ。集落の小高い丘陵地に作られた梨棚には、袋がけされた梨が今か今かと収穫を待ち望むように実っていた。幸水、豊水、20世紀、新高、愛宕(あたご)…早生種から晩生種まで、10品種以上の梨が植えられた畑で、家族と一緒に農作業に励んでいる。収穫した作物のほとんどを三連水車の里へ出荷している。同店が開業した10年前から店を支えてきた生産者の1人だ。
 「まさか全部流れてしまうとは思わなかった」と沈痛な面持ちを見せながらも、「それでも梨が残っていたから。農家を辞めようとは思わなかった」と力強く話してくれた。



果樹の里を襲った災害



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 黒川地区は朝倉市の東側にある集落だ。山々に囲まれ、地籍名の由来でもある黒川沿いに民家が立ち並ぶ。いつもは集落の人々を和ませるこの黒川が、氾濫し、土砂が民家や田畑を押し流した。

 豪雨災害が起こった7月は、ちょうど桃の収穫シーズン。7月5日もちょうど桃の収穫作業をしていたという。本来であれば、シーズン中数回は収穫作業を行う。しかし、そのうち1~2割を終えたところで10アールあった桃棚はハウスごと土砂に押し流されてしまった。それだけではない。家屋にも土砂が押し寄せ、渕上さんの自宅は全壊。渕上さんとその家族は近所の空き家に避難したため無事だったが、恐怖と不安の中、普通の生活すらままならない状態が数日続いた。
 7月20日頃、市内にある親戚の空き家に身を寄せたことで、生活は少し落ち着きを取り戻したが、元の生活に戻った訳ではない。「それでも、梨があったから。何も無かったらどうしようもならないけど…」と渕上さんは言う。7月末からが梨の収穫シーズン。被害を免れた梨棚は、いつもと変わらぬ姿で実りの季節を迎えていたのだ。

  

農業を辞めようとは思わなかった



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 「梨を収穫できたときはうれしかった」と渕上さんは笑顔で振り返る。しかし、収穫から出荷まで全てを担うのは、被災直後の渕上さんにとって大きな負担だ。収穫した梨をどうしようかと思っていた時、「収穫して貰えれば、集荷して自分たちが売るから―」。そう言って渕上さんの背中を押してくれたのが三連水車の里のスタッフの方だったそうだ。

 「7月~9月いっぱいは取りに来てくれたかな。そうやって直売所も支援してくれたから、(農業を)辞めようとは思わなかった」
 実は、黒川地区から三連水車の里までは、もともと車で10分程の距離。しかし最短経路の道路は未だ通行止め状態が続いているため、現在は40分程かけて回り道する必要がある。当時は今以上に足場も悪かったことだろう。それでも日々、集荷に通ってくれたのだという。
 現在は、自身で出荷している渕上さん。「直売所は行かないとさみしいからね。出荷だけじゃなくて、人としゃべったりするのが楽しい」と笑った。

  

その土地の実りと地域の絆を支えに



 「お米も出せなくなっちゃうかなと思ったけど、出荷できた」と渕上さんはうれしそうに話してくれた。1・4ヘクタールのうち、収穫できたのは50〜60アール程だったという。無事だった田だけでも収穫できるように作業を続け、今年も見事な新米が実った。

 しかし、これからの課題は山積みだ。収穫後、梨には「受粉」、「消毒」といったさまざまな作業が待っている。倉庫も流されてしまい、山の方の圃場では消毒用の水の確保も難しい。そうした作業が滞りなくできるのか、大きな不安を抱えているという。また、田には土砂や流木が入ったままの所も多く、水路の復旧もできていない。「来年は稲を植えられないから、そばをまこうかと思っているけど、流木が入ったままだと機械も入らないから…」と不安な思いを口にした。それでも「直売所も一生懸命やってくれているから。どうにか来年も収穫したい」と言う。
 その土地の実りと地域の絆を支えに、来年の実りを祈りながら、黒川地区には収穫の喜びがあちらこちらから聞こえていた。



産直コペルvol.27特集「九州北部豪雨」より)


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