全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

農産物直売所が災害時に果たす役割

 平成29年7月5日から6日未明まで降り続いた「九州北部豪雨」により引き起こされた河川の氾濫および土砂災害は、家屋の倒壊、浸水などの被害を引き起こし、多くの犠牲者も出した。特に被害が集中したのが福岡県朝倉市だ。同市にある農産物直売所「三連水車の里あさくら」には、店内に土砂が流入し、19日間の営業停止を余儀なくされた。
 今回、復旧を終えた「三連水車の里あさくら」の櫻木和弘さんと、災害直後に支援に乗り出した隣町・筑前町の農産物直売所「ファーマーズマーケットみなみの里」の福丸未央さんのお2人に、当時の様子や現在の状況などについて詳しく話を聞いた。さらなる復旧・復興に向け歩みを進める朝倉市の様子から、農産物直売所が有事の際に果たす役割や連携の在り方についても考えてみたい。

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未曾有の豪雨災害



 未曾有の豪雨災害に見舞われた福岡県朝倉市は、人口53,444人、中山間地も多く、柿や梨など、果樹の栽培が盛んな地域だ。「三連水車の里あさくら(以下、三連水車の里)」は朝倉市の農産物直売所で、今年ちょうど開館から10年の節目を迎えた。約530人の生産者が多種多様な農産物を出荷している。

 土砂が流入したという店内も現在は復旧が進み、店の中に豪雨災害当時の面影は少なかった。取材時、ちょうど収穫の秋を迎えていた店内には、所狭しに特産の柿や梨、さまざまな野菜などが出荷されており、多くの来店客で賑わっていた。しかし、館長の櫻木さんは、当時の被害の凄まじさを「まるで水攻めにあったようでした。駐車場は腰ぐらいまで土石や流木があって、直売所の再開まで最低で2ヵ月はかかると思っていました」と語る。つい半年前の出来事だ。
 「こうして復旧して営業が再開できたのも、災害後すぐ、さまざまな人から支援をいただいたから。特にみなみの里の福丸さんは本当に困っていた時に助けてくれたので、うれしかったですね」と櫻木さんは振り返る。
 「ファーマーズマーケットみなみの里(以下、みなみの里)」は朝倉市から車で30分程の隣町、筑前町の農産物直売所だ。福丸さんはそこの企画戦略室長を務めている。櫻木さんが言うみなみの里の支援とは、災害から10日後の7月15日からみなみの里に設けられた、三連水車の里の出張販売スペースのこと。のべ5日間、復旧作業中で営業ができない三連水車の里の臨時の販売場所として、普段はライバル関係にあるみなみの里が軒先を提供したのだ。

 「実は、みなみの里がオープンするとき本当にお世話になったのが〝三連〟さんで。先輩たちがいてくれたからオープンできたようなものなのです。ライバルだけどずっと連携してきましたから、何か支援をしなければと思っていました。そうした時、櫻木さんからお話が来て『隣町だからこそできることをやろう』と快諾したのです」と福丸さん。手数料なども一切取らず、5日間の売り上げは全て三連水車の里に計上されたのだという。

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「農業、辞めようと思う」そんな声も聞かれた中で



 少しでも早く販売できる場所を復活させたかったのには、訳があった。
 「被害は山際や川沿いの地域に集中していました。そのため、朝倉市の中でもそれ程被害を受けなかった地域もあり、農産物を出荷できる生産者もいました。直売所にしか出荷していないような少量多品目栽培の生産者も多く、それを生活の糧にしている人も少なくありません。収穫は待ってはくれませんから、店が復旧せず、ものが売れない状況が長引けば、二次的な被害者になってしまうのではないかと考えました」(櫻木さん)

 混乱が続き、店舗の復旧も急がなければならない中、櫻木さんはまず従業員約30名を復旧担当と販売担当にグループ分けし、復旧の傍ら出荷できる農産物をなんとか販売できないか、模索を始めたのだという。そうした時、以前からつながりが強かったみなみの里に相談を持ちかけ、先述した軒先での臨時出張販売が実現したのだという。
 「店舗の復旧もしなければならないし、生産者もどうにかしなければならない。本当に困っていた時に手を差し伸べてもらいました。そうした後押しがあってから店の復旧も進み、7月25日には営業を再開することができたのです」と櫻木さん。

 「当時はまだ被害の全容も、出荷できる農産物もどれだけあるか分からなかったけど、とにかく『販売しなければ』という思いでした。それに実は…道路の寸断などの影響で、みなみの里も客足が落ちていたのです。そうした時、三連さんが来てくれて、それを取り上げた報道の影響もあって『支援しよう』と駆けつけてくれたお客さんが多くて。逆に力をもらったと思っています」と、福丸さんも当時の様子を教えてくれた。

 最も懸念されたのが、生産者の「離農」だった。実際、災害から1日、2日と時が経つうちに被害の全貌が明らかになっていき、その被害の大きさに気落ちしてしまう生産者も多かった。中山間地も多く高齢化が進む朝倉市の生産者の中からは「これを機に農業を辞めようと思う」といった声も聞かれていたそうだ。農地の被害だけでなく、家屋も全半壊、生活すらままならない状況の人もいた。
 そうした中、「これまでと同じように農産物が販売できる」という事実は、災害直後の生産者にとって、一筋の希望のようにも感じたのだろう。「当初は『農業を辞めてしまおうか』と気落ちしていた生産者も、みなみの里での販売、店の復旧と再開が進む中で、少しずつ前向きになっていくのが分かりました。農作物が元気付けてくれるんですよね」と、櫻木さんは感慨深げな表情を浮かべた。

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農産物直売所の支援の輪



 支援の輪が迅速に広がっていったのには、もともとこの2店舗を含む、近隣市町村の農産物直売所7店舗で組織された「筑後川中流域道の駅等連絡協議会」が存在していたことも大きかったそうだ。
 「お互いライバル同士ではあるけど、足の引っ張り合いは無くて、結構仲が良いですよね。なので、何か課題があればお互いに情報を公開しながらやってきた経緯がありました」と福丸さん。「皆同じような課題を抱えているし、『人口の多い福岡市内のお客さんをどう呼び込むか』という共通の目的があります。だからお互いに連携し合って来たんですよね」と櫻木さんもこの地域の直売事業における特色を教えてくれた。そうした基盤があったからこそ、連携が迅速に行えたのだという。

 ほかにも支援の輪は広がっていた。例えば道の駅小石原は、協議会に加盟している道の駅のひとつ。小石原焼という焼き物が有名な東峰村にある人気の道の駅だが、豪雨災害によって主要道路が完全に寸断され、客足が大幅に減少した。そこで「小石原焼を販売して支援しよう」という動きが同連絡協議会を含む道の駅間で広まり、協力して販売を行った。結果、一時品薄状態になるまで反響を呼んだのだという。
 また、5年前に起こった「平成24年7月九州北部豪雨」の際に被害を受けた八女市の農産物直売所から、「あの時助けてもらったから」と支援金などが寄せられたという。お茶の産地でもある八女市とは、もともとお茶の販売を通して交流があった。5年前の災害時には、協議会の各店舗が連携し「福岡が元気なことを発信しよう」とさまざまなイベントや販売促進を仕掛けたことがあったそうだ。そうした下地があったことも、今回の支援の輪につながった。

 農産物直売所が多く競争も激しいだろうが、「お客さんもお店を使い分けている所がありますよね。店を回る人も多い。それぞれ特色があるから」と櫻木さんは言う。それぞれが切磋琢磨し合い、特色を出し合いながら、共に地域と地域農業の振興を目指し、連携している。農産物直売所という事業形態ならではの連携の在り方だ。そしてこうした連携の在り方は、有事の際に農産物直売所が地域の農業を立て直していく役割を担うために、ひとつの重要なファクターになり得るのだ。




地域農業支える 農産物直売所の役割



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 復旧は進んでいるとはいえ、まだまだ先は長い。三連水車の里のすぐそばには、近代農業遺産である「三連水車」の仕組みを伝えるために整備された公園があるが、ここには店から撤去した土砂や流木がまだそのまま残されていた。その近くにある水路の塀は壊れたままの箇所もあり、災害の爪痕が目に付いた。
 そうした状況下でも三連水車の里の店内には、数多くの農産物が出荷されていた。現在出荷されている農産物の中には、被害後に種を播き、収穫されたものも少なくない。「今回、地域の中での直売所の役割を改めて実感しました」と櫻木さんが言う通り、みなみの里の支援も含め、販売できる場所が早急に復旧したことで、被害があった地域の生産者も農地に種を播くことができたのだろう。そうでなければ、農地は放置され、中山間地の農業の復旧はさらに遅れていたかもしれない。「被害が大きかった高木の新米が出荷されていましたよね! 今年は食べられないと思っていたけど」と福丸さんもうれしそうな笑顔を見せた。「田んぼも半分位はダメだろうけど、無事だったところから出荷してくれたんですよね。本当、うれしいですよね」と櫻木さん。客足も回復しており、むしろ前年より増えつつあるそうだ。出荷量も減少するかと思いきや、前年並みになってきているという。

 しかし、必ずしも農地の復旧が進んでいる訳ではない。「実は、収穫だけをとにかく急いで行っています。まだ土石や土砂がそのままの農地でも、収穫できる梨や柿がすぐそこにある状態ですから。生産者は土砂が入った農地の中で、収穫だけを進めているというのが現状です」と櫻木さんは現在の課題を口にする。被害が大きかった山間部では果樹が根こそぎ流出してしまった所も多い。農作業に不可欠な作業小屋や保管庫などに至っては、特に手が付いていない。しかし、そうした状況下だからこそ、今年の収穫の喜びはひとしおだったことだろう。

 今後、生産者への支援のため、収穫が一段落ついた冬場に、直売所スタッフ、 JA、ボランティアの力も借りながら手つかずの農地の復旧を重点的に進めていく予定なのだという。「特に果樹園の復旧は人海戦術になると思うので、この冬終らなければ1年かけて復旧させていきたいと思います。まだまだ多くの人の支援を必要とすると思います」と櫻木さんは訴えた。地域農業の復旧・復興はこれからが正念場だ。
 また、出荷量自体が落ちなかったのも、「きっと、三連でさばき切れずこれまで別の場所に出荷していたものを回してくれたのだと思います。だから出荷量が減らずに済んでいるのだと思っています」。櫻木さんは生産者への感謝の意を込め、そう話す。




災害直後から復旧まで



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 災害直後から復旧までの話を聞いていると、農産物直売所ならではのエピソードも聞かれた。
 「7月6日、被害の全貌が明らかになって、店舗内の土石や土砂、流木をどうにかして撤去しなければということになりました。専門の土木作業員の方に来ていただいて少しずつ土石などを裏の公園に運んでいたんですけど、そうこうしているうちにある生産者が『困っているだろうから、機械持ってこようか?』と声をかけてくれたのです」。その生産者が土木業を営んでいたことは知っていたという櫻木さんだが、それ程大きな機械を持っている会社だとは思わず、少しでも助けになればという気持ちで機械の貸し出しをお願いしたのだという。「そうしたら本格的な、本当に大きな土木機械で。そのお陰で店内が一気に片付きました。ありがたかったですね」。現役を退いた後、リタイア就農をして農産物直売所への出荷を始める人も少なくない。さまざまな経歴を持つ人がいる直売所らしい話だ。

 もうひとつ、三連水車の里が災害直後に果たした役割があった。
 「初めは、とにかく早く店を再開して生産者のものを販売することが一番の目的でした。でも被害から3、4日経つと、気がつけば土木業作業車や救急車両、報道車などが詰めかけ、道路が完全に渋滞していたのです。そこで、まずは駐車場の復旧を急ぎ、20台でも30台でもいいから使ってもらえるよう駐車場を開放しました。こうした時は、ある程度広さのあるスペースが必要なのだと実感しましたね」(櫻木さん)。

  


各地で復興イベント 各店連携しながらの企画も



 復旧がある程度進んでからは、福岡市内のデパートやテレビ局、ラジオ局などで復興イベントが数多く開催された。近隣直売所そろって復興イベントに参加することもあったという。
 またみなみの里では、「災害から1カ月位が経った頃に、復興の後押しになればと『復興弁当 元気だし! あさくら弁当』と名付けたお弁当を作りました。果物、野菜などは三連さんから仕入れました。みなみの里には加工所があるので」と福丸さん。三連水車の里や東峰村の加工所と連携し開発したこのお弁当は、販売価格500円のうち150円を義援金とした。結果53万円ほど集まり、三連水車の里と東峰村へ手渡しする予定だという。

 「農地も生活も、皆で協力しながら出来る限りもとに戻していく。それがこれからの課題です」と櫻木さん。ただでさえ、生産者の高齢化といった直売所がもともと抱えていた問題もある。課題は多いが、「朝倉は本当にいいものが採れる地域」と誇らしげに語る姿からは、その課題と向き合い続けようという強い意志も感じられた。福丸さんは、「これからも応援していきたいと思っています。実は私、朝倉市在住なので、思い入れも強いんです」と明るい笑顔を見せた。
 災害はいつどこで起こるか分からない。道の駅や農産物直売所が災害時に果たす役割が注目されているが、今後もこうした実際の経験を蓄積し共有しながら、農産物直売所が地域で果たす役割とは何か、常日頃から意識していくことが重要なのだろう。改めてその役割を地域の中で見つめ直していくことが、求められている。


(産直コペルvol.27特集「九州北部豪雨」より)


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