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都会で味わう田舎vol.14 都市近郊で出会える里山の味「滋味に富んだ季節の御膳」

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 農家料理『高宮』は、東京都町田市郊外の多摩丘陵の東端の雑木林の中にひっそりとある。山の麓に佇む檜の一軒家。原生的な自然が残る里山の風景。それだけでも、都会暮らしの人にとっては魅力的だが、そこで季節感たっぷりの山菜や木の芽、地元産の旬の食材を使った素朴な農家料理が堪能できる。昔から続いてきた農家の手料理の知恵を今に活かした伝統和食を提供している。都市近郊でこのようなスタイルの店はなかなかお目にかからない。アクセスは悪いが、徐々に口コミが評判を呼び、今では客入りが絶えないと店主は言う。都市生活者に、里山文化を今に伝える憩いの場として滋味に富んだ食を提供している農家料理『高宮』を取材した。


毎日、竈で火をおこしてご飯を炊く



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 靴を脱いで暖簾をくぐると、すぐ右側に特注の竈と手水鉢が設置されている。これは店主の野村徹也さんの一番のこだわりだ。毎日2回(予約にもよるが)、竈に薪をくべて鉄の羽釜でご飯を炊く。今ではほとんど見ることのなくなった「竈」。飯炊きの最中に出る薪の「ぱちぱち」という音と羽釜の中の米が炊かれる「ゴー」という音とともに薪火から出る煙の芳醇な香りや蓋から漏れ出す湯気が室内にこもり、なんとも待つ人の食欲をそそる。
 「かまど炊き」は火力の強みがご飯を美味しくするという。炊きあがったご飯をのぞくと、強火の証である「カニ穴」と呼ばれる熱の通り道がたくさんできている。一粒一粒がしっかりふくらんで、弾力がある歯ごたえとなる。野村さんのこだわりは竈だけでなく、蓄熱性と発熱効果が高い鉄の羽釜を使用しているという点。「土鍋炊きご飯の店はあっても、鉄羽釜で炊く店はそうはないよ」と野村さんは得意気に語った。
 店の店員の市川さち子さんも「うちでは、ご飯のおかずにご飯がなるの」と笑う。お米は、宮城県の契約農家から仕入れているブランド米「つや姫」だ。


本日の一汁七菜



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 『高宮』では、地場で採れる旬の山菜や自家栽培の野菜を使って、季節に合わせて昔から農山村で食べられていたような料理を提供している。栽培から収穫・加工・調理までの一連の流れを通ってようやく食卓に出される料理には、十分な手間と時間がかけられている。例えば、大根を天日干しにして切り干し大根を作ったり、原木栽培したシイタケを干して出汁に使用するなど、出来合いのものを使用するのではなく、自分のところで手間をかけて一から加工する。かつての農山村でそうであったように、だ。料理には、自身が栽培した原木シイタケと昆布を合わせて水に戻し、一昼夜かけてじっくりとった出汁を使っている。これらに加え、素材の組合せをアレンジしたり、味付けにひと手間加えて季節感を出したりと美味しい食べ方を提案している。丁寧に作った料理は、年代物の木製の漆器の小皿に盛りつけ、昔の敷膳のしつらえのようにお盆に載せられて目前にだされる。


食事の満足度には、食空間が大きく左右する



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 農家料理『高宮』は2010年の秋にオープンした。野村さんが60才を迎えた時だ。もともと高校の美術の教師だった野村さんは建築に興味を持ち、20代後半でその職を辞し、イタリアのミラノ工科大学に留学した。そしてデザインや都市計画を学び、再び帰国。都市計画のコンサル事業を始めた。イタリア滞在中にスローフードの生活スタイルに感銘を受けて、地産地消のレストランに足を運ぶうちに、引退後はスローフードにこだわった生き方をしたいと考えたという。「地域とのつながりを大切にしながら、スローライフを楽しめる住環境を作ってその中で地産地消のレストランを開きたい」そんな思いを持ち続けて、今日の農家料理『高宮』を開くこととなった。
 そんな経歴の野村さんだからこそ、食事に食空間は切り離せないのだろう。店内の窓辺からは、近くは天然林の自然風景、遠方には町場の風景を見下ろすことができる。コンサル時代から店の場所探しを始め、馴染みある町田市の小高い山の斜面200坪を購入した。そこに、畑を開墾して農家レストランを開いた。
 家の周囲に植林したレモンや金柑や山椒の木は季節が来ると実をつける。山の斜面を利用して作った段々畑で野菜やハーブを育てる。周囲には竹林があり、雛鳥がさえずり、都会を忘れさせてくれる。
 前職で得た知識や経験は、天竜杉の一木造りのテーブルや漆食器にも活かされている。


今後は、ソーシャルファーム事業にも取り組みたい



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 近い将来において、野村さんは、障害者を雇用して就労の場を提供したいと考えている。農家料理『高宮』では、2年前から農業のインターンシップ制度として近くの障害者学校の生徒達に仕事を教えたり、公立中学校の生徒に職場体験の場を提供してきた。
 『高宮』でも人手不足に悩んでいるという。店を経営する傍ら行っている自家菜園は、昔ながらの循環型農業だ。山の落ち葉を集めて腐葉土を作る。生ごみを庭のコンポスターで発酵させて堆肥にする。それらを畑に撒いて有機野菜を栽培する。野村さん一人の労働力ではとても間に合わない。予約客も年々増えて、薪割り・漆器の修繕・配膳と任せたいことが沢山ある。野村さんは「規模を大きくしようとは全然思わない。お金儲けも望んでいない。だけどやりたいことがいくつかあって…」と話す。現在、平成28年度の国の農福連携の支援制度を活用できないか農水省に企画申請書を提出し返答待ちだという。相互扶助のもとで農家レストランを継続し、次は宿泊施設を作り農業体験と農家料理を学ぶ交流型エコツーリズムを提案して行きたいと野村さんは計画している。いくつになっても新しいことへの挑戦心は衰えない。農家料理『高宮』が小さなソーシャルファーム(障害のある人の就労に取り組みビジネス形態)の一つのモデルになる日も遠くないかもしれない。

(平成28.7.14 産直コペルvol.17より)
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