全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

農家を訪ねてvol.17 森暮らし

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 山梨県都留市の森の中で暮らす加藤大吾さん(42)は、今から10年ほど前に東京からこの地に移り住んだ。現在は奥さんと4人のお子さんに加え、羊、鶏、犬、馬などの元気な動物たちと一緒に農業をベースに生活しながら様々な活動を行っている。「生態系の中で暮らしたい」という思いからこの地で暮らし始めた加藤さんに、現在の暮らしについて教えてもらった。


自然の生態系サイクルの中で暮らしたい



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 教えてもらった住所を訪ねると、家に隣接した小屋の中でたくさんの鶏や羊たちが元気に鳴いて出迎えてくれた。鶏たちの姿は一般の養鶏場で見るようなものとは違い、色、形様々で体も大きく、活発に動きまわっている。羊たちもメエメエとよく鳴き、動物園で見かけるものたちよりもずっと生命力がみなぎっているように見えた。
 「うちの動物たちには、餌は少ししかやりません。基本は散歩させる中で、自分たちで餌を食べます。彼らは生きる力を持っているから、それを最大限使ってやるんです」と加藤さん。だからこそ動物たちの姿がこんなにも力強く見えるのか、と納得する。
 現在加藤さんの家には、馬、羊、鶏、犬とたくさんの動物たちが暮らしている。鶏はその卵を食べ、毎年30羽ほどをさばく。鶏糞や卵の殻は畑の堆肥に利用する。馬糞や羊糞も同様に畑の堆肥とし、馬については馬耕に利用したり、羊はその毛を刈って毛糸を作ったりもしている。「自然の生態系サイクルの中で暮らしたい」という思いで、東京から都留に移り住み、かれこれ10年以上、この森の中で動物たちと共に農業をしながら暮している。

 そんな、農業をベースに自給的生活をする加藤さんだが、その活動は実に多岐にわたる。県内外から人を招いて、自身の暮らしや農業を体験してもらう催しを企画したり、NPO都留環境フォーラムの代表を務め、農産物の生産と販売や在来種の保存活動にも関わる。かと思えば、市内の大学で非常勤講師を務め学生に講義するという一面も持つ、多忙な兼業農家だ。


農業って面白い



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 「森の中で暮らしたかった、ただそれだけでした」。この地へ来たことについてそう話す加藤さん。「農業がしたい」という意図があってここへ来たわけではないという。
 農業をするようになったきっかけを次のように話した。「ここへ来て、木を切ったばかりの土地に、試しに葉物野菜を蒔いてみようと、5種類くらいの種をポイッと蒔いてみたんです。もともと山の中で、養分があったからでしょうね、蒔いたら何も手をかけなくてもけっこう出てきて収穫できたんです。こりゃあ面白い。作れるんだなと思いました」
 ここで野菜が育つことに喜びと面白さを覚えた加藤さんは、そこから畑や田んぼで作物を育てることに力を注ぐようになった。
 「初めて田んぼを作ってみたら、気づかされることがいっぱいありました。田んぼにはいろんな生物がいて、それらに生かされているんだな、と感じました。こんな面白いことはないなと思いましたね」と、笑顔で当時を振り返る。当初は土地を借りるのにも苦労したというが、地元の行事や消防活動にも参加するうちに、地域の人から信頼されるようになり、「お前なら貸してやる」と言われるようになった。そうして加藤さんがこの地で農業を続けるうちに、今度は逆に地域から「借りてほしい」という声が多く出るようになったという。高齢等の理由から管理し切れなくなり、加藤さんが借りることとなった土地は当時13反ほどになった。これらの土地をすべて無償で借りて、米や大豆、麦を作った。


農作物が紙幣に変わることへの疑問



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 「当時は農業を収入の柱にしようと考えていました」。米を中心とした農産物の販売は当初、とても好調だったそうだ。「イケるなと感じた」と、当時の心境を語る。
 ところが、「3年ほどしたころ、販売することがうれしくなくなったんです。自分の作った米が紙切れに変わるのが、嫌な感じというか、気持ち悪さを感じて」。順調に回り始めていた農業経営のスタイルに違和感を感じたと、複雑な表情で話す。
 「今の時代は、お金だけ払えば誰でも良いものを買って食べられるけど、生産者が消費者を選ぶ、逆のスタイルだってあるんじゃないか。お金だけもらって自分の作った米を渡すんじゃなくて、ここに来てくれた人に食べてもらう形の方が良いな、ここで体験農業に来てくれた人に売りたいなと思うようになりました」
 顔の見えない消費者相手の商売に疑問を覚えるようなった加藤さんは、3年目からその農地を徐々に小さくしていったという。現在は、畑と田んぼ合わせて2反ほどの農地を使って、(NPO法人での生産を除いた個人の土地の中では)自分の家族、知り合い、限られたお客さんの分の作物を作っている。
 農業体験をはじめとする、様々な催しが開催される加藤さんの所には、県内外から年間で1,000人以上が訪れるという。そんな人らを対象に、現在は農産物を販売するようになった。

自然が力を発揮する方法を考える



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 「生態系のサイクルの中で暮したい」という思いから現在の暮らしに行き着いた加藤さんは、当然のごとく化学肥料や化学農薬は一切使わない。前述の通り、飼っている動物たちの糞や卵の殻を発酵させて堆肥にし、野菜くずなどを動物たちに与え、循環させている。加えて、栽培に関しては「いかに手をかけずに育てるかを考えている」という。
 除草剤を使わずに、かつ草取りもしないですむようにはどうしたらいいかと考えた加藤さんが実践しているのは例えばこんなこと。

(1)田を起こしてから苗を植えるまでの期間を極力短くする。これにより雑草が出てくるまでの期間が短くなり、苗の優位性が高まる。

(2)水はかけ流しで田に入れ続ける。水温が下がることで収量に影響は出るが、雑草は水の流れによって畔により、草取りの必要はない。

(3)畑においては畝と畝の間を狭くし、畝には密に種を蒔く。堆肥は種を蒔いたところにだけ与えることで、作物が雑草に勝つ。

 そんな自身の栽培方法について「人間が手をかけてやるよりも、自然が力を発揮する方法を整えてやるだけで良いのかなと思っている」とその思いを明かす。


猿にも負けない



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 森の中に暮らしていて、畑や動物に、野生動物による被害はないのだろうか? 気になって尋ねてみると、「隣の畑までは来ます」と答える加藤さん。
 この辺りは特に猿の被害が大きく、いくら対策をしても、周囲では作物を持っていかれる農家も多いという。ところが加藤さんの畑には来ない。どういうことか?「こんなこと言うと変に思われちゃうかもしれないけど」と言いながら、そのわけをこんな風に教えてくれた。
 「猿が来ないのは、僕が猿を追うからです。猿は意外と足が遅いので、人間の足でも普通に追いつくことができます。だから僕は、走っていってポカッと殴ったんです。僕が追うと、犬も楽しそうに一緒に猿を追う。そうすると、猿は頭がいいから『ここは危ない、ここには来ない方がいいな』と学習し、一切来ることがありません」
 猪や鹿も、加藤さんの犬が守る畑には来ることはなく、飼っている鶏も食べられたことはないそうだ。「動物を怖がらずに、捕まえて食ってやるくらいの姿勢でいることが大事かな。そのうち猿も手なづけたいなと目論んでます」と笑う。


長女の誕生を機に



 ここへ来る以前は、東京で暮らしていた加藤さん。子どもたちのキャンプの企画や指導など、アウトドア系のイベントを企画する仕事をして暮らしていたという。その後、長野県の飯山市に拠点を移し、1年間同様の職で働いた後、仕事を終えて再び東京に戻った。加藤さん夫婦に長女のはるちゃんが誕生したのは、東京に戻るその少し前のことだ。
 しかし、東京に戻った加藤さんは、そこでの生活に疑問をおぼえる。「今日、1回も土を踏んでいないな、と感じる日があったり、雨が降ってもコンクリートの臭いしかしない。生まれたばかりの長女を見て、『ここで子どもを育てられるのか?もっと良い土地があるだろう』と思った」と当時を語る。「都会に住んでいられなくなったんです」。ここへやってきた理由をそう話した。
 長女の誕生をきっかけに自然の中で暮らそう、と決意した加藤さんは、奥さんと共に移住先を探した。その中で出会ったのが山梨県都留市だったという。
 手入れもなにもされていない荒れた土地を購入して、友達の協力を得て一からそこを開拓し、自分たちの手で家を建てた。
 「ここは、野生動物たちがすぐそこまでやってきます。熊、鹿、猪、キツネやタヌキ、いろんな動物がいて、それはある意味の豊かさだなと感じます」とほほ笑んだ。


馬と共に生活する技術を絶やしたくない



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 そんな加藤さんが現在力を入れていることの1つが、どのようにして暮らしの中に馬を取り入れられるかを考えること。
 かつて日本各地で人は馬と一緒に暮らし、馬耕や、物を運ぶなど、多くの人々が馬の力を借りながら生活していた。加藤さんは、「その文化や技術を残したい」という思いから、〝はたらく馬協会〟を立ち上げ、馬耕大会や、馬耕フェスティバルなどのイベントを開催している。ここには、今も馬と一緒に暮らすことを実践している人やそれに興味のある人等が集まって、それぞれの技術や道具などの情報を共有する。「まだ日本にいっぱいいる、そういう人たちをつなぎたい」とその思いを話した。
 加藤さんがこの取り組みを始めた背景には、有機農業をする中で感じるようになった矛盾がある。それは、自然循環型の農法と言われながらも、ガソリンに頼らなくては農業が成り立たないという点だ。「その状況から脱却したいと思った」。昨年は、飼っている馬「耕太郎」の馬力を活用して、米を植えるところから、種もみまで、一切電気を使わずに作業して販売するという試みもしたという。
 「エネルギー全てを切り替える、というのを目指さずとも、これまで培われてきた伝統的な技術や仕組みを知ることで、いざというときに使える、というのは大切だなと思っています」
 今年は、フィリピンの先住民族を訪ね、その暮らしの中に入って生活し、動物たちとの暮らし方の術を教わったりもしたという。


いろんな暮らし、いろんな幸せの形があるということ



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 今加藤さんが一番伝えたいのは「森の中でのこの暮らしがとても楽しい」ということ。
 「日本には会社や都会が合わなくて苦しんでいる人もたくさんいるけど、自分で思っている以上に選択肢はたくさんあるんだってことをもっと広く伝えたいですね。人生の選択肢が日本人は少なすぎると感じます」と加藤さん。
 「いろんな暮らし、いろんな幸せの形がある。僕の場合はそれが森の中での今の暮らし。農家ってすごく素晴らしい幸せな形なのに、それもあまり伝わっていないと思う。だからそれを発信するために、NPOや、それ以外の僕のいろんな活動があります」。すがすがしい表情でそう語る。
 そんな加藤さんが自身の暮らしぶりを伝えるために書いた著書「地球に暮らそう」(発行:旅と冒険社)は台湾で訳本が出版され、中国語版もこの5月に発売される予定だ。「日本だけでなく、今後さらに世界にも、『こういうふうに生きて暮らせるんだよ、自らこの暮らしを選ぶ人もいるんだよ』ということを伝えたいなとすごく思います。そして僕自身が世界のいろんな生き方を教わりたいな、とも」
 農業をベースにした暮らしの中で自然とつながりながら、自分が大切だと思うことや面白いと思うことに素直に生きている加藤さん。自分の暮らしぶりについて話すその表情は終始いきいきとしていて、聞いていてとても心地よく響いた。

(平成28.6.22 産直コペルvol.17より)
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