全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

新規就農その1 自然と共に

 「新規就農」に関する取組みが、各地で進んでいる。2012年度から、国が青年就農給付金の給付を開始、第1次産業の後継者不足や人口減少に悩む各自治体も新規就農者獲得のため、独自の給付金や、農地、研修先の斡旋など、様々な支援に取組んでいる。
 反面、新規就農者が農業だけで生計を立てられるようになるには、様々なハードルがある。なかなか経営がうまくいかず、数年のうちにリタイアしてしまう人も少なくない。そうした現状で、近年、独自の信念と支援策によって新規就農者を着実に増やし、定着させた町がある。長野県富士見町だ。
 本号では、数年前実際にそこで新規就農した若手農家と、20年前からこの地で農業を営むベテラン農家、また、受け入れ側の自治体を取材。新規就農者が留意する点と、地域に求められる支援の形とは何かを考える。
【産直新聞社「新規就農」取材班】

自然と共に



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 細川一哉さんは、長野県富士見町で、今から20年前、29歳で就農した。現在は奥さんの宏子さんと共に1.6 haの農地で、化学農薬や化学肥料を一切使わずに年間50品目の野菜を栽培している。
 細川さんが新規就農を志してから、現在に至るまでのお話を伺った。

就農を決意して



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 もともと自然と触れ合うことは好きだったという細川さんが就農を意識するようになったのは、有機農業のことについて書かれた本を読んだのがきっかけだという。とりわけ、金子美登(よしのり)さんの著書を多く読み、「自然界のものすべてが循環する論理が美しいと思った」。有機農業に心ひかれた理由をそう話す。金子美登さんは、埼玉県にある霜里農場で自然循環型農業を実践する有機農業の草分け的存在だ。
 東京で運送屋のアルバイトをしながらも、「自分にとってこれが一生やる仕事ではない」という思いを抱いていた細川さんは、25歳の時、故郷富士見町に戻って新規就農することを決意した。
 始めに行ったのは、長野県の野辺山高原での住み込みのアルバイト。大型農家のもとで、半年ほど研修し、収穫作業や牛の世話などをしていたという。その後、細川さんが訪れたのは、茨城県の帰農志塾(現在の圃場は栃木県)。ここでは、就農希望者を常時6、7人受け入れ、農業の担い手を育てながら、当時ではまだ珍しい無農薬・無化学肥料での農業を実践していた。「現在はここから100人以上の卒業生が出て、全国で就農している」とのこと。ここで1年を通し、様々な作物を、化学肥料や農薬に頼らずに作るノウハウを教わった。2年半の研修生活を経て、帰農志塾を卒業した細川さんは、故郷富士見町に戻り、いよいよ細川農園をスタートさせた。29歳のことだった。

一番大変だったのは
お客さんを見つけること



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 土地は、もともと家で所有していた所を利用することができたため、土地探しには困らなかった。「ただ親には反対されましたね」と笑う細川さん。雇用主から給料が払われるわけではない、安定しない働き方に加え、当時は有機農法への理解も今よりずっと少なかったこともあり、理解を得るのは難しかったそうだ。それでも、自然の中で働き、自分の食べるものは自分で作ろうという思いは揺らがなかった。
 新規就農して一番大変だったことを尋ねると、「売り先の確保」という答えが返ってきた。今のようにインターネットもなかった時代。売り先は自分の知り合いやその知り合いをたどって、少しずつ地道に増やしていくしかなかった。「始めたばかりで技術もないし、就農後数年間はやっぱり不安でした」と当時を振り返る。売り先の拡大は簡単には進まなかったというが、それでも時間をかけてお客さんの数を増やし、現在までつながっている。当時から今に至るまで、細川さんが野菜を届けるのは個人のお客さんがほとんどだ。「年間50品種ほどの野菜を作って、時期ごとに旬のものを詰め合わせて送っています。個々の野菜注文は受け付けていません。こっちで1番おいしいと思うものを、1番良い時期に届けることがしたいと思っているので」と穏やかに話す。

百姓暮らしは楽しい



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 「難しい仕事だから、まだまだ全然完成はしていないけれど、毎年いろんなことを試して、良いものができた時にはやり甲斐を感じます」。農家の仕事についてそう話す細川さん。農家に憧れ移住してきても、実際の生活にギャップを感じ辞めてしまう人もいるが、細川さんは自然と共に生きる今の生き方を「楽しい」と話す。「畑や田んぼにいるいろんな生き物を見るのも楽しいし、手間をかけてでも色んなものを自分で手作りしてそれを味わえるのは楽しい」。そう言ってほほ笑んだ。「外で働くのが向いていたんですね」 
 「農家の中でも、年収数千万も稼ぐ人もいれば、その10分の1程度の規模の人もいるし、目的も様々。一口に農家と言ってもいろんな生き方がありますよね」と細川さん。自身については「経営とかを考えるのは苦手なタイプです」と笑う。自給思考が強いという細川さんのところでは、農産物だけでなく、自分で作った大豆から味噌や醤油も作っており、部屋に置かれた薪ストーブに使う薪も自分で割っている。農閑期には築150年というお住まいの手入れをしながらのんびり過ごすという。
 二人のお子さんと共に、富士見の美しい自然の中で暮らす細川さんご夫婦。農業を軸とした暮らしの中に、日々の喜びや充実を穏やかに受け取る生活のその豊かさを思った。

(平成28.2.18 産直コペルvol.16より)
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