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都会で味わう田舎vol.12 都市化に適応し循環型社会に貢献する東京の酪農家

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 “東京都で牧場”と聞くと意外に感じる人は多いだろう。
 東京都には多摩地域を中心に46軒の酪農家がいる(東京都酪農業組合による統計)。30年前には400軒あったというが、生活圏の拡大で酪農に必要な土地を確保できないという環境的要因や、飼料高騰、畜産環境法の高いハードルなどが東京都の酪農経営を逼迫させ、減少の一途をたどってきた。
 しかし、言い換えれば、経営を続けている東京の酪農家はそういったデメリットを乗り越え、消費と流通における利点に希望を抱き、創意工夫し続けているといえるのではないか。
 東京ではどんな酪農が行われているのだろうか。西多摩地域の瑞穂町にある清水牧場を取材した。


ロボット式搾乳システム導入



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 清水牧場のある東京都瑞穂町は、都心から北西へ約40km、自然豊かな狭山丘陵の最西端に位置する。郊外のベッドタウンにある牧場の前には、ひっきりなしに車が通る。
 清水陸央さんは、清水牧場の3代目。東京都酪農業協同組合の副組合長も務める。約9ha(トウモロコシの飼料畑を含む)の牧場で妻・育代さん、長男・久央さんと一緒に135頭の牛を飼育しており、総乳量は一日約1600kgだという。
 同牧場で画期的なのは、コンピュータ管理のロボット式搾乳システム『スーパーミルキングロボット アストロノート』を導入していることだ。都内でこのシステムを取り入れているのはここ清水牧場のみ。24時間自動的に機械が搾乳してくれることで、作業が軽減できるばかりでなく、牛の首につけたICチップで1頭1頭をコンピュータ管理することもでき、牛の健康状態を瞬時に知ることができる。また絞った生乳の衛生面のチェックができ、更に生乳の成分から理想的な飼料の配合を割り出してもくれるのだという。


牛が自分の意思で搾乳器に入る



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 面白いことに、清水さんの牛達はおっぱいが張ってくると自分からロボットの搾乳器に入っていく。筆者が出向いた時はちょうど1頭が搾乳の最中で、後ろに搾乳を待つ牛4頭がおとなしく列をなしていた。一日に絞る生乳の量は1頭当たり平均33kg。手で搾乳する場合は通常朝夕の2回だが、ロボットを活用した場合結果的に一日4~5回も搾乳されている。
 おっぱいが程良く張ったタイミングで、牛が自ら搾乳器へと向かうのには理由がある。通常より美味しい餌がロボットの脇に置かれていて、ここに来れば餌が食べられることを知っているからだ。牛たちはそれを食べながら、ここに来ると張ったおっぱいをほぐしてもらえる「気持ちのいい場所」だと学習する。一頭ごとに搾乳量が管理されているため、餌欲しさで何度も入ってくる牛はロボットに拒否され(電流で送り返される)搾乳してもらえない。回数が少ない牛は、牧場主に報告され、原因究明と対策がなされる。人間のチェックよりも緻密な分析で管理ができる。
 システム導入当時、牛に搾乳を学習させるまでに牛舎に2ヶ月程泊まり込んだという。その苦労は大変なものだったようだ。


牛の生理的なタイミングで搾乳すると、生乳の量も質も上がる



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 現在、ロボットで搾乳している牛は50頭。搾乳回数自体は4回でも、実はそれよりかなり多くの回数、牛が搾乳器に入ってきているとデータが示している。
 それについて清水さんは、「搾乳が不能でも入ってくる回数が多いということはとても良いことなんです。牛がこの場所が好きだということは、ストレスがない環境で乳を出せているということですからね」と語る。人間のサイクルに合わせるのでなく、牛の生理的なタイミングで搾乳することで牛乳の質も上がり、1頭当たりの乳量も1~2割増えたそうだ。
 また清水牧場では、毎年誕生した雌牛のうち10頭程は北海道の牧草地で幼少期を過ごさせて、後に当舎に戻すというやり方をしている。限られた敷地での多頭化は困難であるという他に、親牛になる前に良い環境で身体を整えたいとの理由がある。ロボット搾乳は牛が自力で歩けることが必須のため、足腰が丈夫であり続けるよう気遣うのだという。
 「美味しい牛乳は、いい餌と環境から生まれる」と断言する清水さん。「(ロボット搾乳により)酪農作業が軽減されて時間にゆとりができたことで地域行事にも参加でき、夕方も早くから1杯できます」と笑顔で語った。


糞尿を資源にして有効活用



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 清水牧場が搾乳ロボットを導入するに至ったのは、平成16年11月に本格施行した「家畜排泄物法」がきっかけだった。これにより老朽化した施設の再整備が迫られたことに加え、二人三脚で牧場を営んできた育代さんが腰を悪くしたこともあり、清水さんは清水牧場を継続するかどうか悩んだという。
 施設整備と働き手の負担軽減について頭を悩ませた結果、平成18年、当時最先端のオランダ製の搾乳ロボットを導入し、同時に畜舎・堆肥舎を新築し、糞尿を有効活用して完全堆肥にするシステムを入れ、牧場継続を選択したのだという。
 家畜排せつ物は適切に管理しないと悪臭の発生原因となる。周辺に住宅も多い中で、細心の注意を払わなければいけない。清水牧場の開放的な牛舎内では、大型のファンを回しながら、空気を拡散している。しかし牛舎の臭いが全く気にならない。その理由は、隣接した堆肥舎で時間を置かず糞尿を堆肥に加工しているからだ。3時間おきにまめな糞尿処理を行い、それでも臭いが出た時には飼料の配合も変えているとのこと。
 糞尿はオガ屑と混ぜられ、発酵槽で発酵され堆肥となる。堆肥は自分の畑にまき、牛の飼料のトウモロコシを育てているほか、近隣農家にも配布している。堆肥を溜め置かない結果、臭いの苦情はないという。


東京ブランド「東京牛乳」への出荷



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 清水牧場で搾乳された生乳は「東京牛乳」という名で世に出回っている。東京都内のスーパーや生協で見かけることが多くなった「東京牛乳」。それは、多摩地域の酪農家から集乳した生乳だけで作った東京ブランド牛乳だ。大手牛乳メーカーの協同乳業と東京都酪農業協同組合が手を組み、販売をはじめてから10年、地産地消を推進してきた。
 東京牛乳は、清水牧場のような多摩地区の酪農家から毎日生乳を集め、近距離の工場で殺菌パックし出荷される。東京都酪農業協同組合の組合長である平野正延さん(平野牧場)は「都市近郊の酪農地だからこそ、牧場と工場の輸送距離が近く、搾りたての風味をそのまま生かすことができています。都民に味の違いをぜひ飲んで確かめていただきたい」と語る。
 出荷量は、販売当初の2.5倍ほどになっているというが、搾量が少なく(1日約10トン)総生産量は都内の消費量の4%に満たないので、都内でも知る人ぞ知る商品と言えるかもしれない。


都市酪農における挑戦



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 東京の酪農は、人々が暮す生活圏の中で様々な工夫をして経営している。機械化することで作業を省力化したり、敷地制限で多頭化できない部分を地域に分散させたり、牛をコンピュータ管理してデータを取り最適な飼料で生乳の生産性を上げたりと、その工夫は枚挙にいとまがない。都市酪農における挑戦は続くだろう。東京地元生産の牛乳に注目をしていきたいと思う。

(平成28.1.25 産直コペルvol.15より)
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