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鳥獣害対策その4 里山の守り人

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 富山県でカウベルト事業が広まっている。
 カウベルトとは、中山間地の耕作放棄地や未利用地に牛(カウ)を放牧する地帯(ベルト)を設置するもので、クマやサルなどの野生動物の人里への侵入を防ぐことが狙いだ。
 獣害の軽減効果は高く、平成27年度は県内の4市13ヵ所でカウベルトが設置された。この事業は平成19年度に県が開始したものだが、県の補助が縮小された後も、新たに自前の補助制度を設けカウベルト事業を継続しているのが黒部市だ。同市で市のサポートを受けながら、阿古屋野地区の地域住民が主体となり森の再生に取り組む「阿古屋野森づくりクラブ」を訪ねた。


荒廃していく里山の現状



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 古くから里山は、人が自然と共存し自然の豊かさに触れあうと同時に、人と野生動物がそこで「棲み分けする」重要な役割を果たしてきた。
 しかし、昔は、燃料用の薪を採取したり山菜やキノコを採る場所として活用されてきた里山も、現在では、ライフスタイルの変化などによる急激な人離れが進んでいる。
 そもそも里山は、人による山や森林への適度な介入によって動植物が増え、豊かな生態系を保持してきたため、人の手による管理を続けなければ維持できない。人がいなくなればたちまち草が密生しやぶに覆われ廃れていくと同時に、人里への野生動物の侵入を許すことになる。
 富山湾を見おろす眺望が素晴らしい阿古屋野地区の里山は、古くから多くの人々が立ち入っていたが、クマが出没したことを機に、人離れが加速し、一時ひどく荒れ果てた。倒木が横たわる遊歩道。コナラは虫害で枯れ、下草も茂り放題。今でこそ、小学生が宿泊学習で利用したり地域住民たちが集う憩いの場となっている「黒部市ふれあい交流館あこや〜の」周辺の森も、数年前まではそんな状態だったという。獣害も年を追うごとに増加していた。
 危機的な里山の状況に直面し、「地元の荒れた里山を何とかしよう」と志ある住民達が立ち上げ、今日まで里山整備を進めて来たのが「阿古屋野森づくりクラブ」だ。


牛で里山再生を



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 阿古屋野森づくりクラブが力を入れているのがカウベルト事業だ。
 雑草が生い茂り、見通しが悪い耕作放棄地は、野生動物が身をひそめるにはかっこうの場所になる。そこに牛を放牧することで雑草が減り見晴らしが良くなれば、警戒心の強い野生動物が身を隠しながら人里に侵入するルートを封じることができる。カウベルトの効果として「耕作放棄地の管理」と「獣害対策」のふたつが期待できるわけだ。
 利点はそれだけではない。牛を提供する畜産農家にとっても「自然の中で育てることによる牛の健康増進」「餌代の節約」「労働軽減」といったメリットがある。


生易しくはない牛のお世話



 カウベルトの設置は毎年6月にはじまる。雑草が生い茂る阿古屋野台地の一角に、ソーラー式の電気柵で囲った約2ヘクタールの放牧帯を設け、黒毛和牛2頭を放牧する。牛1頭につき1ヘクタールの餌場が必要になる計算だ。
 この2頭は立山町の畜産農家が育てる妊娠中のメスで、妊娠中は性格がおとなしくなるため放牧に適するという。牛舎にいる時よりも放牧後の方が盛んに餌を食べるようになるそうだ。
 雑草を食べてもらうだけならヤギでもよさそうなものだが、野生動物は自分より体の大きい動物を恐れる習性があることから、牛の方が効果的だ。
 カウベルトの設置から維持管理、牛の世話の全てを阿古屋野森づくりクラブのメンバーが行っている。
 毎日欠かすことの出来ない栄養剤入りの餌やりと水やり。「牛飲馬食というように、牛はたくさんの水を飲むから、近くに農業用水や溜池などの水場があることがカウベルト設置に必要な条件なんです」とメンバーの柴田勝萬さんは話す。
 牛の世話の他にも、雑草が電線に接触しないようマメに下草刈りをしたり、落雷時のメンテナンス作業など、電気柵の保守管理も欠かせない。
 「牛のお世話は本当に大変。生易しいものではない」。会長の廣瀬昭元さんはしみじみとそう語る。
 今年で10年目を迎える阿古屋野地区のカウベルト事業。このところ牛の好物のカヤの生育が悪くなってきたことが気がかりだという。
 「これからは、今年ここでやったら次は5年後、というように5年サイクルでカウベルトの設置場所を移動する工夫が必要になってくるだろう」と柴田さんは今後を語った。


地域の人たちに里山の役割を知ってほしい



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 毎年、放牧の開始に先立ち、地元小学校の児童や保育園の園児を招待して開催される放牧式。そこで子ども達が牛に名前を付け、餌やりを体験し、牛の成長を願う。そして、父兄らにカウベルトがクマなどの野生動物をガードしていることを知ってもらういい機会にもなっている。
 カウベルトの他にも、倒木の除去や枝打ち、植樹、下草刈りなど地道な作業を続け、森の再生に取り組んできた阿古屋野森づくりクラブ。現在は、オリエンテーリングコースも再設定され、炭焼き窯やツリーハウスを作るなど、自然とふれあえる森へと生まれ変わっている。
 「里山の再生を通じ、人と自然が共存するために里山が果たしてきた役割と森の働きを理解できる場を作りたい」。それがメンバー全員の思いだ。
 阿古屋野地区の里山を守る活動はすべてボランティアで行われてきた。
 「みんな手弁当でがんばってくれる、同じ価値観を共有した素晴らしいメンバー」。会長の廣瀬さんは誇らしげにそう語った。
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