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特集 伝統工芸とそれを支える一次産業 その2和紙の原料 楮

古くから日本で、私たちの生活に欠かせないものとして、幅広い用途で使われてきた和紙。障子紙や書画用紙、提灯紙など、枚挙にいとまがない。日本を代表する伝統工芸の1つだ。そんな身近な存在でありながら、和紙が何から作られているのかという話になると、よく知らないという人も多いのではないだろうか。
 和紙の原料となる主要植物には、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)の三つがあるが、その中でも、最も多く使用されているのが、楮というクワ科の落葉低木だ。
 茨城県大子町では、山あいの斜面や、降水量の少ない気候を活かし、古くから楮が多く栽培され、「那須楮(一説によると、その昔は那須地域に集積されて運ばれたことからこの名前に)」として供給されてきた。
 昔に比べ、現在では生産農家も減ったが、栽培や加工の技術を次世代に残そうと、昨年同町で「大子那須楮保存会」が結成された。会長を務める斎藤邦彦さん(71)を訪ね、楮作りにかける思いを伺った。     

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ユネスコ世界遺産や人間国宝からも信頼される
大子町の楮



 「楮の栽培には、昼夜の気温差と、水はけの良さが大事。だから、この地域では昔から、特産のこんにゃくや茶と一緒に、多くの農家が楮を育ててきたんだ」。斎藤さんが教えてくれた。
 山に囲まれたこの地域では、家々の周りに見える畑はどこも急峻な斜面が多く、農作業の苦労が偲ばれたが、斜面が水はけを助けるため、楮の栽培には適しているとのこと。
 「畑の土の中には石がゴロゴロしてて大変だけど、それも水はけを助ける要素の1つ。それがあって良い楮が育つんだ」
 大子町で作られる楮は、繊維が長くきめ細やかなのが特徴。そのため、作られる和紙に「ツヤが出る」と、和紙漉き職人からもその品質に絶大な信頼が置かれているそうだ。
 ユネスコ無形文化遺産に登録された、岐阜県の本美濃紙や、二代続けて人間国宝となった、福井県の和紙漉き職人岩野市兵衛さんが作る和紙も、原材料に同町の「大子那須楮」しか使わないのだとか。

 楮は、手入れすれば、1年で3〜5mほどに成長する。それを、12月から1月の、年間で最も寒い時期に根元から収穫し、加工(後述)して出荷する。
 栽培において大変なのが、「芽かき」だと斎藤さんは言う。良い幹を育てるために、6月から9月くらいにまでにかけて、芽から出てきた枝をうつ(切り落とす)「芽かき」と呼ばれる作業を行う。
 「まめにやっていないときれいに成長しないから、常に楮の状態に目を配ってやらなくちゃいけない」
 また、楮は除草剤に弱く、使うと枯れてしまうため、まだ芽が出ていないうちに1度使用するのみで、それ以外の時期は、全て手作業で草とり作業をしているそうだ。



原料になるのは幹ではなく皮の部分

 

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 取材日(3月13日)には、収穫を終え、出荷に向け、「表皮とり」を行っている最中だった。収穫してきた楮の表皮をむく作業だ。
 和紙の原料となるのは、楮の幹の部分ではなく、その周りにある「皮」の繊維の部分のため、1本1本、皮を剥がなければならない。(ちなみに洋紙には「樹皮」ではなく「幹」が使われるとのこと。)
 皮を剥ぐために、まず畑から収穫してきた幹の長さを揃え、熱湯を張った大きな釜(写真1)に入れて、薪で1時間半程度蒸す。柔らかくなったところで、温かいうちに1本1本幹の皮を剥いでいく。そして、剥いだ皮の一番外側(茶色い部分)を薄くむいて、中から出てきた白い皮をしっかりと乾かしてから、和紙の原料として出荷している。…なんとも手がかかる作業だ。ちなみに釜で蒸す作業は、1日に7回稼働させるため、朝4時起きで仕事するという。
 幹の部分は使えないために、楮を100キロとってきても、出荷できるのは、その中の6キロ程度でしかないという。

 「昔は、このへんじゃどこの家にも楮を蒸すための釜を持っていたけど、今じゃ3軒くらいしか持っていない」
 かつては、何百軒もの農家がこの地域で楮を栽培していたが、洋紙の台頭や高齢化などによって、今では60軒ほどに減った。それも皆、高齢の方ばかりだという。
 それもあって、その中でも自分の所で釜を持ち、加工までできる農家はごくわずか。そのため、自分で育てた楮以外にも、近隣の農家で育てられた楮もまとめて、斎藤さんのところで一連の加工を行って出荷しているそうだ。
 「1軒だけではできない仕事だからね、近所の人や、和紙の研究をしている大学の先生、和紙漉き職人さんなんかにも手伝ってもらっているよ」と斎藤さんが、その時の写真を見せてくれた。多くの人が集まって賑やかな様子だ(写真2)。
 「人手がないとできない仕事。昔は『結(ゆい:集落内で共同作業する仕組み。農村社会に古くからある慣行)』があったから、回り番でそれぞれやってたけどね」とかつての様子についても教えてくれた。



和紙漉き職人への思いやり



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 試しに一枚、外側の茶色い表皮部分をむく作業をさせてもらった。奥様の真佐子さんが行う作業を見ていたら、専用の包丁をうまく使いこなして、流れるようにスルっと表皮をむいていた。見ていると出来そうに見えるのだが、いざやってみると、簡単にはいかない。力加減を間違うと、破れてしまったり、厚くむけすぎてしまったりで、思うようにはいかなかった。1枚むくのも一仕事。職人技だ。
 
 「表皮をとってそのまま出すんじゃなくて、裏側までしっかりと見てね、小さなゴミを取ったりしてるんだよ。和紙漉き職人さんの負担が減るようにと思って」と真佐子さん。こうした丁寧な心配りが、大子那須楮の品質を高め、職人からの信頼につながっている。
 和紙作りの場面では、「塵取り」と呼ばれる、原料を水に漬けた状態で、ゴミやホコリを取り除く作業が必要なのだと、斎藤さんが教えてくれた。不純物が混じってしまうと、それが白い紙にそのまま表れてしまうため、綺麗な和紙を作るのには欠かせないのだそうだ。
 そのため、「虫が食ったようなところや、腐った箇所は取り除いていて向こう(職人)に出すようにしているよ」
 栽培や加工を通し、丁寧に手をかけて、少しでも職人の負担が減るように、良い和紙ができるように、という斎藤さんの思いが伝わってきた。
 


  

構造改革による変化



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 ただ、意外なことに「数年前までは、和紙漉き職人さんと、一切交流することなくやっていた」という。
 楮農家と和紙漉き職人との間には、それぞれ二重に問屋が入っていたため、互いに顔を合わせたり、直接話をする機会は一切なかったとのこと。
 それが変わったのは2年前。年々生産者も減り、「このままでは大子町の楮がなくなってしまう」と、危機感を抱いた斎藤さんが、状況を変えようと動いた。
 楮の栽培や加工技術を絶やしてはならないと、知人の県会議員を通じて、茨城県に要請を出した。するとこれをきっかけにして、岐阜県で本美濃紙を作っている、「本美濃紙保存会」副会長の鈴木豊美さんが、美濃市でも働きかけて、美濃市から大子町へと「本美濃紙の原料となる、大子町の楮をなんとか守ってほしい」と呼びかけられたのだそうだ。
 そこから、大子町とも協力して、楮の栽培・加工技術の継承や、大子那須楮のブランド化を図るため、「大子那須楮保存会」が結成された。そして、これを機に、以前まで問屋を通して出荷していたところを、和紙漉き職人へ、直接出荷するように構造改革を行ったという。
 「一番苦労している農家が利益をもらえるようにしなくちゃ」。斎藤さんはしみじみと言う。問屋を通さなくなったことによって、中間マージンの部分がカットされ、「農家に払える価格を大きく増やせるようになった」とのこと。
 
  

直接交流から生まれるもの



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 斎藤さんら楮農家と紙漉き職人とが直接やり取りするようになって変わったことは値段だけではない。
 例えば、「自分が作った楮を、どんな人がどんなふうに作っているのかわかるのはうれしいこと。直接評価をもらえるのもありがたいね」と斎藤さん。
 加えて、情報交換が可能になったことで、「どういう楮が求められてるのかも聞けるようになったし、いろんな情報が職人さんから来るようになったよ。昔なら捨てるだけだった、茶色の皮の部分も欲しい、なんてことも言われた。以前じゃそんなの、全くわからなかったことだ」

 直接のやり取りで情報を得られるようになったのは、もちろん楮農家ばかりでない。紙漉き職人にも同様のことが言える。
 先にちらりと触れたが、楮の加工や、根切り(収穫)作業などの時に、紙漉き職人が大子町を訪れ、それらの作業を体験してもらったりもするようになったという。
 これによって、それまでは「もっと単価が下がらないか」と頼まれることもあった楮の価格について、「これだけ大変な作業なら、値下げなんて頼めない」と言われるようになったのだとか。
 また、「『原料を大切にしなきゃいけないと思った』とか『いい紙漉いて、高く売れるように頑張ります』なんて言ってもらえるようになったよ。お互いのモチベーションも全然違う」と斎藤さんは微笑む。
 人間国宝の岩野さんには、「人間国宝になれたのは大子那須楮のおかげ」とまで言われたと、うれしそうに教えてくれた。
 また、反対に斎藤さんらが美濃市に出向いて、紙漉きを体験させてもらったりもしたと言う。交流することで、互いの技術を尊敬し合い、その苦労を思い合う、素敵な関係性が生まれている。
 「こっちも手仕事だし、あっちも手仕事」と話す斎藤さんの言葉から、そんなことを感じた。

(この続きをお読みになりたい方は産直コペルvol.23をお買い求めください。
 特集「伝統工芸をそれを支える一次産業」掲載)

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