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発酵に学ぶ 其の弐 甲府の町のおみそ屋さん

山梨県甲府市。武田信玄の城下町として知られるこの地で、明治元年より味噌と醤油の製造を開始し、以来150余年に渡り昔ながらの製法で醸造業を営んできた五味醤油。
 現在、約20万人の人口を擁する甲府市は、郊外への人口流出が進むドーナツ化現象により、都市としての活力が失われようとしている。そんな中、かつて賑わいをみせた中心街で、味噌づくりと町づくりに励む五味醤油の若きふたりの兄妹を取材した。


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合わせ技の甲州味噌



 味噌といえば、言わずと知れた日本を代表する発酵食品。昔はどの家庭でも「手前味噌」をつくってきた。そんなかつての当たり前がなくなりつつある今でも、スーパーへ行くとどれを選んだらいいか迷うほどたくさんの種類の味噌が並ぶ。
 一見様々なバリエーションがあるように見えるこれらの味噌も、実は大きく3つに分けられる。ポイントになるのは、「麹の種類」だ。

 麹とは、米や麦などに麹菌というカビを付けて繁殖させたもので、味噌の主原料である大豆を発酵させる役割を担う。大豆に米麹を混ぜると米味噌になり、麦麹を混ぜると麦味噌になる。そして大豆に直接麹菌を混ぜると豆味噌になる。
 これが一般的な分類だが、この3つのどのカテゴリーにも入らない風変わりな味噌が、甲州味噌だ。その正体は、米麹と麦麹を半分ずつミックスした「合わせ味噌」。

 甲府は狭い盆地で斜面が多く、稲作に適さない風土のため米の収量が少なく、味噌をつくるのに米麹だけでは足りなかった。そこで戦国時代に武田信玄が、戦の際の携帯食でもあった味噌を増産するために、田んぼの裏作として麦作を奨励し、麦麹をこしらえることで米麹不足を補った…そう考えられている。

 こうして主食の不足を補うための知恵から生まれた甲州味噌は、甲府だからこそ生まれた特別な味噌といえる。故郷の風土と先人の工夫が生んだ味噌づくりの伝統を受け継ぎ、その魅力を再発見し、発信しているのが五味醤油だ。




発酵兄妹



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 「うちはほんと、普通の味噌屋なんですよ」。そう話すのは五味醤油六代目の五味仁さん。
 大豆はJAの国産大豆を購入し、麹菌は国内の麹屋から仕入れている。「原料にすごいこだわって、というよりは、品質と価格のバランスが優れた安全な国産のものであればいいと思っています」
 麹菌については、自家採種するやり方もあるが、その道のプロの麹屋に任せるのがいいという考えだ。「麹屋さんから菌を買うのは、千年続いているひとつの文化ですから」
 「だから普通の味噌屋なんです」と謙遜する仁さんだが、その醸造方法はこだわりの天然醸造だ。

 天然醸造とは、味噌を加温して発酵を早めたり、添加物を付け加えたりせず、微生物の自然な働きにまかせる昔ながらの製法だ。五味醤油では、寒い時期に味噌を仕込み、一年かけてじっくり発酵させる。日本の四季に合わせて熟成させることで、味噌本来の風味が出る。
 その上、米麹と麦麹の二種類の自家製の麹を用意する必要があるため、かかる手間は倍。代々受け継いだ昔ながらの製法で、手間ひまかけて甲州味噌が出来上がる。

 家業に入って10年になる仁さんは、東京農大で学んだ後、まずはタイの醤油メーカーに就職したという。「実家が味噌屋だから」という理由で大抜擢され、味噌の製造を担当。「教えてくれる人がいなくて、毎日が試行錯誤の連続でした」と当時を振り返る。
 勝手のわからない異国の地で、「とにかく何でも自分で解決しなきゃいけない環境」で鍛えられたことは、仁さんにとって大きな経験となった。
 兄と同じく東京農大で学んだ妹の洋子さんは、卒業後、化粧品の会社に就職し、食事業の新商品の企画を担当。食品業界は常に新しいものをつくり続けないと飽きられる、という風潮が強く、毎週のように開かれる企画会議。「でも、もはや案なんて出てこなくて…なにか流行りに左右されない主力商品があればいいのにな」と考えるようになったという。
 そんな折、ちょうど実家の仕事が忙しくなってきた。「そういえばうちの味噌、150年も続いてるんだから、それなりにいいものつくってるってことだよね」。その時はじめて実家の魅力に気づいたと笑う洋子さん。
 帰郷後、兄とともに「発酵兄妹」を結成。甲州味噌を広めるための活動をスタートさせた。




手前味噌ですみません



 発酵兄妹の核となる活動が「手前味噌づくり教室」だ。幼稚園や保育園、老人ホームなどへ出向き、味噌のつくり方を教え、みんなで一緒になって手前味噌を仕込む。教室は盛況で、公民館のイベントに呼ばれるようにもなった。ありがたいことに席はすぐに埋まってしまうのだという。

 この人気ぶりについて、「お母さんたちの口コミ効果が大きいですね」と分析する洋子さん。幼稚園や保育園に通う自分の子がつくった味噌に、お母さんが関心を持つ。食卓に毎朝味噌汁が並ぶようになったり、いつもよりていねいに出汁をとってみたり、具の野菜にこだわってみたり、子供から食卓を変えていく効果は、遠回りに見えて確実にある。
 難しいと思われがちな味噌づくりを、子供にも簡単にわかるようにと制作された「てまえみそのうた」の活躍も大きい。味噌のレシピが3分でわかり、一度聞いたら耳から離れない、歌って踊りながら味噌づくりができるこの歌は、学校の教材にもなっている。

 こうした発酵兄妹としての活動を続けるうちに、お店に来るお客さんに変化が見られはじめたという。「おいしく出来ました。味見してください」と教室でつくった味噌を持ってくる人や、「五味さんとこよりキレイにできた」と自慢をしに来る人、「夏場につくれば二ヶ月で出来るからそうしなさいよ」と大興奮で教えてくれるおばちゃん等など。

 お客さんが持ってきてくれる味噌を、味噌屋がありがたくいただく。ただ味噌を売るだけの場所ではない、そんな一風変わったコミュニケーションが交わされるお店になった。みんな張り切って手前味噌を持ってきてくれるので、「もうちっちゃいタッパーでいっぱいです」と嬉しそうな洋子さん。

 イベントや味噌づくり教室を通じ、発酵や麹のことについてよく聞かれるようになったという。「お客さんとふれあってみて、もっと発酵のことや食のことを知りたいけど、知るきっかけがないだけなんだなとわかりました」と話す仁さん。
 実は発酵食文化に関心がある、そんな人が少なからず増えていっているのかも知れない。発酵兄妹の活動が注目を集めることに対して、「ぼくらの力以上の時代の流れを感じる」という。

 「こないだ、料理番組で『甲州味噌で仕込みました』と紹介されたんですよ。それ見て、がんばって活動した甲斐があったかなって思います」。手前味噌ですみません、と照れ笑いする仁さん。


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分かち合うって素晴らしい



 今年2月、店舗のすぐそばに手前味噌加工スペースを新設。地元の金手自治会にちなんでKANENTEと名付けた。地域に根ざし、発展していくようにとの願いが込められている。人目を引く面白いシルエットの建物だ。
 「建物自体が看板になればいいなと思って、屋号の『やまご』をイメージした山の形にしたんです。ちょっと目立つようにして、自分たちの今後の活動のシンボルにするつもりで建てました」と仁さん。

 KANENTEで開催される味噌づくりワークショップには、20代後半から50代くらいの様々な年代の人が参加するという。子育て中のお母さんが主だが、自分の暮らしに気を使っているOLさんや、土づくりにハマっている男性、味噌づくりを再開した人など、参加目的も様々。
 「どうやって味噌ができるか知らない若い方に、自分でつくってらっしゃるベテランの方が教えたり、自然にお客さん同士の交流がはじまって面白いです」と洋子さん。「そうなると私がしゃべる出番がないから楽」と笑顔を見せる。

 数え切れない種類の味噌があるように、人の好みも千差万別。自分にピッタリな味噌は自分でつくる、そんな楽しみが手前味噌にはある。味噌づくりを通じて、自分の食を見直すきっかけにもなる。
 「うちは原料を簡単には変更できないけど、その点、手前味噌はお客さんが自分で好きに素材を選べるのがいいんです。自分で育てた大豆を使ってもいいし、自由度が高いところに魅力があります」と仁さん。うちの味噌より手前味噌を伝えたい、そんな気持ちが伝わってくる。

 さらには、味噌づくりを教えるだけでなく、「味噌にはものすごい種類があるから、メーカーとしてきちんと選び方を発信していかなくては」という責任も感じていると洋子さん。「ちゃんとしたものを、ちゃんと伝えないといけないなと思います」
 次の企画として、出汁屋さんとのコラボレーションも考えている。「美味しい食べ方を知らないから、みんな出汁をとらなくなった」という出汁屋さんの悩みを受け、味噌汁に欠かせない出汁のこともちゃんと伝えたいと考えてのことだ。
 「最近、伝えたり共有できたりすることに対して、すごく喜びを感じている自分に気がついたんです。これからは味噌に限らず食べもののいろんなことを伝えたていきたい。お酒、お出汁、野菜全部含めて提案していけたらいいな」と目を輝かせる仁さん。
 味噌づくりだけにおさまらない様々な可能性が、ここから生まれはじめている。


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町のおみそ屋さん



 妹の洋子さんに、今の仕事に携わるようになって自分に変化があったか尋ねると、「東京時代と較べてだいぶ価値観が変わった」という。
 「最初は手探り状態で味噌づくり教室をやっていて、2年目になるとリピーターさんが増えたり、去年食べた味噌美味しかったよと言われてやりがいを感じたり、お店の客さんとコミュニケーションをとったり、そんな当たり前のことがすごい豊かだなと思う様になりました」。そうしみじみと話す。

 兄の仁さんにこれからのことを尋ねると、「もうちょっと町のことにも取り組んでいきたい」とのこと。
 「シャッター街を何とかしたいとか、そんな大それたことじゃなくて、かつて中心街だった真ん中で、また普通にみんな生活する時が来るのを見越して、今からアクションを起こしておきたい。自転車で回れる範囲で楽しく過ごせるような、そんな町にしていけたら嬉しいです」とその想いを語る。
 発酵の働きで大豆をより風味豊かな味噌にしてくれる微生物のように、時間をかけて、じわじわと町を楽しい空間に変えていく。そんな「町のおみそ屋さん」の活動が、今後どんな広がりを見せてくれるのか楽しみだ。


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(産直コペルvol.20 「発酵に学ぶ 其の弐」より)


産直コペルとは

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