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土から育てるvol.9  臭気対策の酵素が土を大きく変えた

全国各地の土づくりにこだわる農家を訪ねるシリーズ第9回。長野県飯山市で、2町5反(2.5ヘクタール)で米を作る大日方豊さんを訪ねた。大日方さんは、本シリーズの第3回(産直コペル13号掲載)で紹介した栽培シメジの「廃オガ」堆肥で枝豆=「やんちゃ豆」を作る大日方隆行さんのお父さん。
 息子さんの取材の時には「俺はもう引退した自由人」だと笑っていたが、実は食味値が極めて高い減農薬・無化学肥料栽培米を作る農家で、このシリーズで焦点を当てている「バイオ酵素」を使った微生物農法の端緒を切り拓いた人だ。本シリーズのアテンド役である伊藤勝彦さん(NPO法人「土と人の健康つくり隊」理事長)と共に訪ね、お話をうかがった。   (文・毛賀澤明宏)


特A一等米比率の高い飯山地区で



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 大日方さんが米づくりをする飯山市は、特A一等米比率が高く、「おいしい米が採れる」ことで有名な地域。品種はほぼすべてコシヒカリ。この地域の水や土の質、さらには後述する北信州地域(以後北信地域)のある排水処理施設の処理水の優れた働きなどにより、そのおいしさが保たれているのではないかと言われる。

 「おいしい米」の産地=飯山地域の中でも特に大日方さんの作る米は、極めて高い食味値を示す。通常よく使用されており、72の数値が出れば「おいしい」とされる静岡製機社製の分析計で92~93。同じくよく使用され、70を超えると「おいしい」とされるケット科学研究所製の分析計では78を示す(大日方さん談)。
 「化学肥料はまったく使わない。シメジ栽培で出る廃オガと、排水処理場の処理水を汲んできて撒いているだけ。それがウチの米の美味さの秘密。これだけだけどさ」と笑う。

 廃オガには、そもそもシメジ栽培に使う時点で、たっぷりバイオ酵素が混ぜ込まれている。シメジ栽培に使用後、それを十分発酵させて肥料として使う。処理水を直接散布もする。
 処理水とは、以前は北信地域のある排水処理場で、また、1年前からは別の浄化センターで生活排水を処理した後に出る水のこと。実は、どちらの処理場も、バイオ酵素を使った発酵作用で生活排水を浄化するシステムだ。前者の排水処理場は長くこのシステムで運用されてきたが、老朽化のため近年閉鎖。比較的新しい類似のセンターに移行された。この水を田んぼにまくことで、稲の生長が高まり、おいしい米ができるというのだ。



最初は排水処理施設の臭気対策だった



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 「最初は、処理水を肥料として使うなんて考えてもみなかった」と大日方さん。
 前者の排水処理場は、元々東京の業者が施工した施設で使用開始は2002年頃。稼働後まもなく凄まじい臭気が立ち込めるようになった。「近所の農家は臭くてご飯を食べられなかったし、近くの道路を通る車はどれも窓を閉めて通り抜けた」と振り返る。

 当然、臭気対策が問題になったが、施工業者は完全に責任放棄。呼んでも来なかった。凄まじい臭気に対策を打てる業者がおらず、結局、後に、バイオ酵素の製造販売元・フォーレストを作ることになる建設資材会社・五十鈴(本社・伊那市)がその対策に乗り出すことになった。

 新進気鋭の研究者がその機能を発見した特殊な酵素を使い、地場菌を取り込んで、悪臭を発する「酸化・腐敗」の行程を、「発酵・合成」の行程に転ずることが対策の核心だった。2人の若い技術者が現地に張り付き、昼に夜に「浄化槽の浄化作業」を進めると、驚くべきことに1ヵ月ほどで臭いが消えた。このことに周辺住民や役所が驚いた。驚いて、「どうなっているんだ」と不思議に思い、滅菌処理する前の処理水を検査すると、大腸菌が皆無。このことにもまた驚いたという。

 それから1~2年は、驚くほど臭くなくなった処理場を研究者などが次々と視察に訪れ、処理水が持つ特性について様々な角度から研究が行われた。「どうして臭わなくなったのか?」―臭気対策の視点から大きな注目を浴びたのである。



大日方さんの実践が農業利用の道を開く



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 大日方さんは、農業委員会の研修で、浄化槽を浄化した五十鈴を視察に行き、その視察の一環で、五十鈴本社のある伊那市に近い宮田村で、その特殊な酵素=バイオ酵素を使って栽培実験を進めていたリンゴ畑を見学。見事な実りに驚いた。そして、その「不思議な酵素」に大いに関心を持ったのだそうだ。

 農業面での効能に関心を持ったのは大日方さんだけではなかったようで、近隣では、「処理水は作物栽培にも効用があるらしい」とのうわさ話が持ち上がった。
 これにいち早く反応したのは、大日方さんの奥さん=冨美子さんの方で、「もう少し効用を見極めないと」と躊躇する旦那さんを横目に「まず自家用でやってみましょうよ」と言って、裏庭の自家用菜園に処理水を播き始めたのであった。
 「みるみる野菜の出来が良くなり、効果を確信した。あの時、奥さんは偉いと思ったね」と大日方さんは振り返る。
 それで自分は、栽培シメジの培地=菌床を作る際にオガ屑にバイオ酵素を混ぜ合わせてみた。シメジの出来も良かったが、それよりも収穫後に出る廃オガの変化に驚いたそうだ。

 「臭わないし、何より分解のスピードが速い。自分の田んぼに100トン廃オガを入れたが、入れた時には当然大きく盛り上がっていた廃オガが、2ヵ月経つと元の高さに戻ってしまった。そして、そこで作った作物が大豊作だった。これで、この酵素の力を確信した」と大日方さんは話す。
 何事も創世期はドラマティックだ。
 こうした大日方さんの動向を見ていた五十鈴の当時の社長・故下平洋一さんは、自社の実験圃場の経験から、「味は良くなるが、収量は落ちるはずだ」と意見を言ったが、大日方さんは「味も良くなり、収量も増えるはずだ」と反論。アテンド役の伊藤さんと共に「この酵素を農業に積極的に利用するべきだ」と故下平社長に訴えたのだという。
 こうして、浄化場の臭気対策に使われた特殊な酵素が、土づくりの切り札として、大きく用途を広げる〝転換点〟が作られたのである。



収量も良く味も良い環境保全型農法



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 ここで、本シリーズのアテンド役である伊藤勝彦さんについて再度紹介しておこう。伊藤さんは当時、長野県内の有名スーパー「ツルヤ」のカリスマバイヤーで、その後同社の常務、地域スーパーの全国的連合組織CGCジャパンの商品開発委員長を長く務めている。
 新鮮で良質な野菜や果物を仕入れるため、全国各地、時には海外にまで出かけて、栽培技術が高くフェアな取引ができる農家を見つけ出し、1000軒にも及ぶ大型農家と栽培契約を結んできた実績を持つ。

 自身も農家出身で、「ただできたものを買うだけでなく、栽培段階から苦労を共にする」のがモットー。契約する農家とは、品目・品種はもちろん、肥料・農薬・土づくり、後継ぎ対策まで意見を交わし、「農家のためになる農業」の創造を目指してきた。
 ぼかし、EM菌、万田酵素、島本微生物農法…良いと言われるものは、自分の畑でも試し、やっている人を訪ねて教えを乞うた。「どれも素晴らしい資材。よい土ができる。自分の契約農家に、そういう資材を使って、良い農産物を作ってくれるよう頼んだが、契約相手の農家はどこも大規模で、いつもコストの問題にぶつかってしまった」と述懐する。
 牛糞や鶏糞を使った堆肥づくりや生活排水の処理―そうした現場を回っていたのも、商品の値段に響かず、農家の収益にもつながる、安全安心の土づくりの方法を求めてのことだったそうだ。

 この伊藤さんが、以前より親交のあった大日方さんとともに、バイオ酵素の農業への本格活用の道を切り拓いた。
 大日方さんが、栽培シメジの菌床にバイオ酵素を混ぜ込むことでシメジの増産を果たすと同時に、その廃オガにさらに処理水をかけて堆肥として活用した。その堆肥により、高品質で食味の良いコメやアスパラや枝豆が、増収できた。この大日方さんの実践をよりどころにして、伊藤さんは、全国に広がる契約栽培農家を一軒ずつ訪ね、収量も良く味も良い、なおかつコストも低く抑えられる環境保全型農法として、バイオ酵素の利用を普及してきたというわけだ。

 当該の排水処理場は老朽化で閉鎖されたが、同じシステムの別の浄化センターの処理水を使うようになり、その農家のグループは370人にも及んでいる。大日方さんも、同じ手法でコメを作る農家に声をかけ、毎年7~800トンを、一俵(60キロ)1万4000円で共同販売している。
土づくりが、一つの地域の農業の活性化を切り拓いた素晴らしい実例であると言えよう。
 「ここの浄化場のような取組みを全国に広げれば、日本農業はだいぶ変わるだろうな」と大日方さん。「そうなんだよ。全国300ヵ所をめざして、お互い隠居はまだまだだよ」と伊藤さん。「がんばろうな」と肩をたたき合った。


(産直コペルvol.20掲載 シリーズ「土から育てる」より)


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