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飯尾醸造の富士酢

京都に海がある、というと意外に思われるかも知れないが、日本三景のひとつ「天橋立」は日本海・若狭湾に架かる。その「天橋立」がある京都府宮津市で、昔ながらのお酢づくりを守ってきた飯尾醸造。明治26年の創業から120年以上の歴史を持つ。
 お酢の原料に無農薬栽培米を使用するのが大きな特徴。醸造方法も、大量生産大量消費の時代の波に逆らって、静置発酵という手間暇のかかる方法を今も貫く。そんな飯尾醸造のお酢づくりに対する思いを、四代目の飯尾毅さんにうかがった。 



いいお酢は、いいお米から



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 「農薬を使わんと米を作ってもらえまへんか」
 今をさかのぼること50数年前、田んぼからドジョウやフナなどの生き物が次々と姿を消していく様子に危機感を覚え、お米農家を一軒一軒説得してまわった人物がいた。毅さんの父にあたる三代目の輝之助さんだ。
 「農薬散布後一週間は田んぼに近づくな」。当時はそんなことが平気で言われる時代だったと毅さんは話す。
 「こんな田んぼで作ったものを食べたら体がおかしくなるんとちゃうか…」。当時の農薬の危険性を肌で感じとった輝之助さんは、無農薬栽培米からお酢をつくろうと決意。それから2年もの歳月をかけ、地元のお米農家に無農薬でお米をつくってもらうための説得に尽力した。
 無農薬の米づくりに取り組むためには、その地域一帯が一斉に無農薬栽培に転換する必要がある。上流にある田んぼのたった一枚でも農薬を使用したら意味がなくなってしまうからだ。加えて当時のお米農家は農薬頼みの傾向がことさら強く、説得は困難を極めた。

 そんな折、「母がある棚田の農家さんに里子で預けられていた縁で、周囲の農家さんの説得を手伝ってくれた方がいました」と当時の状況を語る毅さん。そのことが大きな助け舟となり、昭和39年から念願の無農薬栽培米をつくってもらえることになった。
 それから50年以上経った現在、その作付面積はなんと20ヘクタールにまで拡大。契約農家に対し、お米の買い取り価格を農協の数倍以上に設定し、全量買い取った。
 お米の無農薬栽培でカギとなる雑草対策のための再生紙黒マルチといった資材の費用や、それを敷き詰めながら田植えができる特殊な田植え機などの費用もすべて飯尾醸造が負担し、契約農家に提供しているのだという。
 「苦労して無農薬でお米を育ててくれる農家が、農業で生活できないようなやり方ではいけない」。その信念が契約農家との信頼関係を育て、今につながっている。



昔ながらの静置発酵



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 こうして、顔が見え信頼のおける生産者が栽培した、毎年60~66トンに及ぶ無農薬栽培米を原料に、看板商品の「純米富士酢」がつくられる。
 そもそもお酢とは、どんな種類のものでもつくり方は基本的に同じ。お酒を発酵させてお酢をつくる。日本においてもっともポピュラーな米酢は、日本酒を発酵させたものだ。
したがって、本来の米酢づくりは、醪(もろみ)を醸造することからスタートする。もろみとは、粕(かす)を漉(こ)す前のお酒のことだ。
 飯尾醸造では、毎年冬になると、麹づくりからはじまり、酒母づくり、もろみの仕込みと、約100日間泊まり込みで作業をする。現在では、こうしたすべての工程を自社で行う酢メーカーの存在は極めて珍しく、あるテレビ局の取材を受けた時には「酒屋さんで撮れなかった自社精米の映像がお酢屋さんで撮れた」と驚かれたこともある。酒屋顔負けの本格的なもろみが出来上がる。
 ただし、お酢の原料として醸造するもろみには酒税がかからないため、売ったり飲んだりすることは禁止されている。「どんなにいいお酒が出来ても、誰にも飲んでもらえないお酒をつくっているんですよ」と毅さん。

 こうして丹精込めてつくられたもろみをお酢にするためには、酸素と酢酸菌の力が必要になる。飯尾醸造では、この工程でも、酸素に触れるタンクの表面だけで酢酸菌が自然発酵していくのを待つ、昔ながらの「静置発酵」を採用し続けている。約100日かけて醸造した後、熟成蔵で300日じっくりと寝かせる。
 こうして出来上がった「純米富士酢」には、お酢1リットルにつき200グラムものお米が原料として使われており、これはJAS規格の5倍もの量になるという。原料の質も、その量も、そして醸造方法においても、他メーカーには簡単には真似の出来ないお酢づくりが行われているのだ。
 取材の折、静置発酵中のタンクを実際に見せてもらうと、酸っぱいながらもまろやかな香りが漂ってきた。
 「他メーカーだと酢酸ばかりで揮発しやすいので匂いがきついですが、うちのは乳酸、コハク酸、リンゴ酸など穏やかな酸が多いのでまろやかになるんですよ」と毅さん。

  

お酢本来の香り



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 戦後、食糧難によりお米からお酢をつくることが禁止された時期があった。昭和12年から28年のことで、「その間にお酢本来の香りを知っている人がほとんどいなくなってしまった」と毅さんは話す。
 そのうえ時代が進むにつれ、人工的に短期間で出来るいわゆる速醸のお酢が市場の大半を占めるようになった。安価な大量生産品に慣れた人々から、お酢本来の香りのする純米富士酢が敬遠されることが少なからずあるようになり、毅さんを悩ませた。
 「より良いお酢をつくろうと、原料や製法に飽くなき探求を続けても、その香りのために選んでいただけない」厳しい現実があった。
 「この香りが改善すれば、もっと多くの人々に受け入れてもらえるはず」。そう考えた毅さんは、息子の彰浩さんが高校一年生になった時の三者面談で、担任の先生へはっきりとこう伝えたという。
 「息子には東京農業大学醸造学科の柳田先生のもとで、お酢の香りの研究をさせたいと考えています」。その瞬間から彰浩さんの進むべき道が決まった。
 父の願いを託された現当主の五代目彰浩さんは、やがて「富士酢プレミアム」を生み出すことになる。原料に使うお米をさらに増量することにより、香りをカモフラージュすることに成功したのだ。その量はお酢1リットルにつきお米が320グラム。これはJAS規格の8倍もの量になる。



弱者の戦い方



 彰浩さんは家業を継ぐ以前、就職活動に奮闘した時期があった。大手ビールメーカーの面接では、将来ノンアルコールビールが流行る可能性があると提案したこともあるアイデアマンだ。現在ビール市場がその通りの状況になっていることから、大した先見の明の持ち主でもあることがうかがわれる。
 そんな彰浩さんが考案した商品に「富士ピクル酢」という一風変わったお酢がある。日本人が食べ物を廃棄しすぎる現状を何とかしたいと考え、余った野菜も漬けておけば美味しく食べられる、そんな商品を開発した。
 それから3年後、大手酢メーカーやソースメーカーまでがピクルスをつくるためのお酢を発売。こうした大手メーカーの参入は、飯尾醸造にとっては歓迎すべきことだという。
 「うちのお酢は差別化ができているので、真似されても大手に飲み込まれることはありません。市場が大きく広がれば、原料や製法にこだわるお客さんの数も増えますから」と笑顔を見せる。
 大手メーカーが追随したくなるようなアイデア商品を生み出すことにより、市場の裾野を広げつつ、他ではちょっと真似のできない原料と製法で差別化を図りファンを増やしていく。
 価格競争では絶対に大手に勝てない小さなメーカーが生き残るための「弱者の戦い方」が、経営に生かされている。




感謝の手紙



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 飯尾醸造では「最高のお酢づくりは、原料を吟味するところからはじまる」という考えのもと、国産の無農薬栽培の紅芋を使った「紅芋酢」や、木村秋則さんの奇跡のリンゴを使った「にごり林檎酢」など、様々なお酢をつくってきた。
 原料の野菜や果物そのものを丸ごと使ってつくるお酢は、素材の味や香りがしっかりと感じられるだけでなく、天然成分がたっぷり含まれている。
 中でも紅芋酢は、紅芋に含まれているアントシアニンが体に良好な効果をもたらす。実際に臨床試験を行ってもらったところ、コレステロール値と動脈硬化指数の値が薬として認められるほどの改善を見せた。
 それ以来、全社員が毎朝大さじ一杯の紅芋酢を水で8倍に薄めて飲むことが習慣になっている。2年9カ月で体重が20キロ減った社員もいるという。筋肉痛にも大変効果的で、「田植えで普段使わない筋肉を酷使しても、一日も筋肉痛にならなくなりました」と嬉しそうに話す毅さん。
 持病に苦しんでいたお客さんから感謝の手紙が送られてきたこともある。
 「大さじ一杯の紅芋酢を3日飲んだだけで、病気の痛みが消えてしまいました。今まで20年以上苦しんできたのはいったい何だったのだろうという思いです。現在は薬を飲まずに生活できています」
 食は、人が生きていく上で一番大切なこと。だから「おいしくて、しかも安全な最高のお酢」をつくりたい。そんな飯尾醸造のお酢づくりには、その思いに共感しファンになってくれる人々の存在が欠かせない。
 毎年田植えの季節になると、全国から100名を超える顧客の皆さんが手伝いに集まる。耕作放棄されようとしていた棚田の景観を守るべく、飯尾醸造が借り受けた40枚ほどの曲がりくねった棚田で、顧客の皆さんと共に社員みんなで田植えを楽しむ。
 「いいものをつくっている小さなところが生き残っていけるのは、まわりの手助けや盛り立てがあってこそなんです」。そう話す毅さんの表情には、飯尾醸造を支えてくれている人々に対する感謝の思いがあふれていた。


(産直コペルvol.25 「発酵に学ぶ」より


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