全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

農家を訪ねて vol.12 樹と生きる なかや農園

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 石川県加賀市で梨を栽培するなかや農園を訪ねたのは4月の中旬のこと。広大な圃場には、約800本の梨の樹が育ち、白い花を咲かせ始めていた。なかや農園では、現在の圃場主である中谷友一さんのお父さんの代から数えて約40年、この地で梨の栽培を続けている。後継者不足で遊休農地となった周囲の圃場を譲り受けながら、今では2ヘクタールの圃場で、減農薬・無化学肥料で梨を育てる。

 春には受粉と摘花、夏には水やりと収穫。秋も深まり、収穫作業が終わったと息つくひまなく、冬には樹の剪定作業。1年間を通して、梨農家に休むひまはない。さらに、これらの作業のほぼ全てが機械を使わずに手作業で行なわれる。日々、樹と向かい合い、愛情を注ぎながら樹の世話をする中谷さん夫婦に、梨作りについての話を聞いた。


樹を作るのは梨の樹



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 「私たちには梨が作れません」
 なかや農園のパンフレットの表紙に大きく書かれた言葉だ。一見しただけではその意味するところがわからない。これについて尋ねると、「こんな言い回しが好きじゃないって人もいるけどね」といいながら、友一さんは次のように語った。
 「梨を作るのは梨の樹であって、私たちじゃあない。私たちにできるのは、樹が育ちやすい環境作りを手助けすることだけ。そういう思いで樹の世話をしているんだ。樹が健康であるように、樹そのものの力が強くなるようにね」。

 農園では、土壌の力を弱めることのないよう、除草剤は使わずに、圃場の草は刈り取っている。また、夜間は蛾を寄せ付けないためのライトで圃場を照らしたり、芯食い虫の交尾を妨げるコンヒューザーというフェロモン剤を利用するなどして、農薬使用も極力減らそうと取組んでいる。
 「農家も大変だけど、樹も大変だと思ってる。だから、子孫を残すために一生懸命生きてる梨の樹に対して、何をしてやれるかを常に考えるんだ。植物と話ができれば一番良いけど、樹は人間と違うから、病気になっても『つらいよ』って言葉にすることができない。けど、病気がわかりやすく症状に表れた時じゃあ遅いんだ。だからこそ病気にかかりにくい、強い樹にしてやりたいと思うんだよ」。友一さんは力を込めて話す。

 「そのために一番は、『愛情かけてやる』ってことだね。樹も家族と一緒。愛情を持って、共に生活する。それがないとだめだ」。そう言って微笑んだ。
 本格的な冬が来る前には、粗皮(そひ)削りと呼ばれる作業を行う。古くなった樹の幹の皮の内側は、ダニやアブラムシが越冬するために住み処としようとするが、それを防ぐために、幹の皮を削る作業だ。これも、農薬を使用せずに虫たちから梨を守るために手間をかけて行っている仕事の一つ。

 果樹栽培の中でも、梨や桃、りんごなどの落葉果樹(夏から秋に果実を実らせ、冬になると完全に葉を落とす果樹)は、無農薬での栽培が難しく、成功事例は少ない。中でも梨は、花が咲いてから収穫まで、果樹が樹についている期間が長いため害虫や病気などの影響を受ける期間が長くなり、農薬を使用せずに栽培することが非常に困難とされている。それでもなかや農園では、農薬の使用を少しでも減らそうと、その分時間や労力を費やしながら減農薬栽培に取組んでいる。

 

無化学肥料での栽培



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 また、剪定した後の不要となった枝をチップにして発酵させ、堆肥にして圃場に返すなどして、化学肥料は一切使わずにこれまで栽培してきたという。しかしその一方で「何が何でも無化学肥料にこだわることもないのかなあ、と思い始めた」と友一さんは話す。「全てを化学肥料に頼るようじゃだめだってのは思うけど、樹の状態を見ながら、必要な時はくれてやってもいいのかもしれない」。

 化学肥料は、そればかりを多用しそれに依拠した栽培をしていると、土壌の力はどんどん弱まってしまう。しかし、樹や土の状態を見極め、適切な使い方をしたならば、樹が育つのに最適な土壌状態を作る手助けをすることができる。中谷さん夫婦が先代の農園を継いで梨の栽培を始めてから18年。当時からこれまでずっと無化学肥料での栽培を続けてきた中谷さんが、「化学肥料を使ってもいいのかな」と口に出すのは、それを適切に与えられるだけの、樹や土の状態を観察する目を得たということなのだろう。


受粉作業



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 なかや農園を訪ねた4月の13日には、雨の降る中、受粉作業のための準備が行なわれていた。
 梨は一部の品種を除き、自分の花粉では受粉しないため、結実させるには、他の品種の花粉が必要となる。なかや農園では、「幸水」や「豊水」を中心に栽培しており、これら出荷用の梨とは別に、「長十郎」と「新興」という品種を育て、その花から花粉を採取し受粉させている。

 受粉用の梨は、花のつぼみがふくらんだ段階で刈り取ってハウスに運び、ストーブなどで気温を上げて他品種よりも早くに花を開かせるという。そうやって咲かせた花は1つ1つ手作業で摘み取り、おしべの先端にある葯(花粉の入った袋)の部分だけを抽出するために、機械にかけ、ふるいにかける。採取した葯は均等に並べ、機械に入れて高温乾燥させる。こうすることで、葯が開き、花粉を採取することができるという。なんとも手間のかかる作業だ。「大変な作業やで」。そう話す中谷さんの言葉には実感がこもる。
 採取量は、梨の花を15キロ使用して、やっと純花粉(精製した花粉)が30グラム取れるかどうかというところ。手間隙かけて採取した貴重な花粉を使って、4月の下旬から受粉作業が始まる。


寒さの中でじっと春を待つ樹



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 栽培において一番苦労するのは、「冬の剪定かなあ」と奥さんの麻里子さん。石川県は、冬場の降雪がとても多い地域だ。冬は日照率が低く天気が悪い日が続くが、そんな中でも剪定作業は、春になり花が咲くまでの限られた時期にしかできない。中谷さんらは雪の降る中でも関係なく、来年、再来年の樹の成長を見据えながら、日々樹と向かい合っている。
 さらに、樹に積もった雪の重みで枝分かれしている部分から樹が裂けてしまうこともあるという。そういう事態が起こらぬように、冬場は雪下ろしの作業も行う。積雪の多いこの地方ならではの仕事だ。

 「それでも、この地域は冬に寒いからこそ、樹が実をつけた後に、しっかりと休眠期をとれるのかもしれない。冬場、体を休めて春までに力を蓄えて、暖かくなってから一気に活動できるのが、樹にとってはいいのかな」。友一さんはそう話す。
 寒い中、手をかじかませながら行う剪定作業はつらく厳しいが、その寒さの中で樹がじっと春を待つこの時間が、美味しい加賀梨を実らせるのかもしれない。


自然災害によるリスクを軽減するために



 果樹栽培は、手作業が多く手間がかかるというだけでなく、自然災害によるリスクも高い。
 時には台風被害に遭って、全ての実が樹から落ちてしまい、全く収穫できない年もあるという。さらに、実と葉が落ちてしまうことで、樹が季節を勘違いし、秋のうちに花を咲かせてしまうこともある。そうすると、その翌年の春に花は開かず、もちろん実もつかない。一度の台風が栽培のサイクルを狂わせ、2、3年も梨の収穫ができないことになってしまうのだ。

 中谷さんのところでは、台風などの自然災害が起きたときに無収入となってしまう事態を避けるため、別の圃場でれんこんを栽培し、蓮の花を出荷している。「蓮の花なら、お盆前に出荷できる。台風がくるのは9月になってからだから、出荷できなくなる事態を心配しなくていいんだ」。
 自然と共に生きる農家の苦労と努力から生まれた工夫た。


収穫した梨はすべて直売する



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 「『美味しい』でも『まずい』でもいいから、お客さんからの反応を直に受けたい、常にキャッチボールしていたい」。
 なかや農園の梨は、市場出荷はせずに、全て道の駅や個人のお客さんなどに直売している。
 「必ず樹の上で完熟させてから出荷するから、スーパーに並んでるものとはまず色が違うよ。茶色が濃く色づいてから収穫するから、甘みがしっかり蓄えられるんだ」。

 東京の大手ブランド果実店舗から引き合いを受けて出荷していたこともあるが、「そういうところへ出すには、形から何からすごく気を使う。最高級品を求められるけど、そうするとその店以外に出しているお客さんに、2級品を出すような気持ちになってしまって、それが嫌だった」という理由でお断りしたという。「それよりも、良いものを地域の人に喜んで食べてもらればうれしい」。
 
 なかや農園の梨の味について尋ねると、「毎年糖度分析なんかもしてるけど、あんまり甘過ぎてもどうかなって思うし、数字だけじゃわからない。一番はかじってみて、自分の口で判断するだな」と友一さん。「甘味だけじゃなく、酸度、水分、バランスが良い味ってとこかな」と、教えてくれた。

 

梨本来の力を発揮させたい



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 「1つ1つの作業は苦しみしかないよ」と友一さんは笑って話す。「もちろん1年の仕事の中で、1つ1つの作業を終え、『ここまでできた』という充実感はあるけど、自然相手にそれが一瞬で裏切られることもある。まあやるだけやって、あとは『実ってください』と祈るだけ」。
 「でもまあ、毎年『大変や大変や』って言いながらも、食べてくれる人たちの笑顔に喜びは感じる。それがなかったらやってけんわいね」と表情を崩す。「そういう基本は忘れずにやっていきたいね」。そう言って微笑んだ。

 口で「大変だ」と苦労を語りながらも、終始とても穏やかに話を聞かせてくれた中谷さんご夫婦。母の千代子さんや、一緒に働くお手伝いのおじいさんおばあさんたちも陽気によく笑い、その仕事風景はとても和やかに見えた。もちろん1つ1つの作業は楽しいばかりではない。苦労や、自然相手のどうにもならない歯がゆさはあるのだろうが、なかや農園の発するやわらかな空気の中で育てられた梨は、いきいきときれいな花を咲かせていた。

 「一番は、『自然に戻したい』ってことだな。樹そのものの力を強くしたい」、友一さんは語る。
 化学肥料や農薬の力にばかり頼るのではなく、樹自身が力をつけることを一番大切にこれまでやってきた。樹を尊重し、愛情を傾けながら、年間を通じてその変化を丁寧に見つめる。
 「本来の梨が持つ力を発揮させるために、どんな手助けができるのか―。生きている間の課題だな」。
 9月には、そうやって大切に育てられた樹がたくさんの美味しい梨を実らせる。

(平成27.6.15 産直コペルvol.12より)
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