全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

農福連携その2  生まれた場所で、その人らしく生きていく

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 「農福連携」というテーマに10年以上前から取組む社会福祉法人が和歌山県にある。社会福祉法人一麦会「麦の郷」だ。
 「麦の郷」は、心身障害者の共同作業所を出発点に、精神障害や引きこもり、不登校児などの問題に対応するため、生活支援や労働支援などの様々な福祉事業に取組む総合リハビリテーション施設だ。現在、約180人の障害者や生活困窮者が働いており、そのうちの約120人が、地元農産物を活用した農産加工業に従事している。全体売上の約3億1,000万円のうち、農産加工事業で約1億4,000万円の売上を誇る。
 同法人の労働支援部長・柏木克之さん(59)は、この農産加工事業を、先陣を切って進めてきた立役者だ。大手スーパーで管理職や食料品スーパーバイザーとして長年キャリアを積み、15年前に同法人へ転職。食品業界での専門知識を活かし、農産加工事業を展開、ここまでの基盤を築き上げてきた。
 現在の取組みと麦の郷の今後の展望について、「農福連携」を先進的に進めてきた柏木さんに話を聞いた。


「農福連携」で付加価値のある社会的産業を築く



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 「麦の郷の商品は『高品質』をウリにしました。『障害者施設』であるという看板は、商品のウリにはなりません」。
 福祉施設が作る商品に対し、「一般的な商品に比べ劣っているのでは」という固定概念を持つ人は少なくないだろう。しかし、柏木さんの口からは、そうしたイメージを覆されるような言葉が、強い意思と共に発せられた。
 その言葉通り、「麦の郷」の作業所で作られるジュースや菓子などの加工品は、トレーサビリティや味に厳格な生活協同組合や大手量販店からも引き合いが来る。地元生産者と連携し、和歌山県産の素材を使った質の高い商品群が大きな強みだ。
 麦の郷と柏木さんとの出会いは、同法人が、新規事業として食品加工事業に着手し始めた頃だったという。大手スーパーの管理職として働いていた柏木さんのもとに、麦の郷のスタッフが商品の販売にやって来たことがきっかけだった。
 「知り合ってからしばらく経った頃、『麦の郷を手伝ってくれないか』と打診がありました。関心はあったものの、すぐに転職という訳にいきませんでしたので、それからは、ボランティアで食品業界のノウハウや一般市場に通用するための商品づくりのアドバイスを続けました」。
 そして、出会いから7年後、柏木さんはスーパーを円満退職、麦の郷への転職を果たした。


全ての人が地域と共に生きていくための「仕事おこし」を



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 柏木さんが、7年もの間ボランティアを続け、さらに転職を決意する程、福祉分野に強い思い入れと理解があったのには理由がある。7歳年上の兄が、障害を抱えていたからだ。
 「当時、障害者の仕事といえば、ゴミ回収や清掃といった業務がほとんどで、賃金も非常に安く、1ヶ月の収入が3,000円程度の場合もありました。楽しさや生きがいを感じるような仕事では無かったと思います」。
 障害のある人も、仕事へのやりがいや誇りを持って、社会とつながって欲しい、そして同時に安定した収入を得、地域の中で当たり前の暮らしをして欲しいという思いが、柏木さんの根底にあった。
 特に、和歌山のような地方都市には、障害者や生活困窮者を支えられるような経営体力のある企業は少ない。麦の郷のような福祉施設も、かつては、クリーニングや印刷事業が主体だったという。しかし、その業務内容だけでは、多様な障害の特性に対応しきれず、雇用機会を逸してしまう人も多かったそうだ。
 柏木さんが、農産加工事業を進めたのには、地域産業である「農業」や「食」という生活に密着した分野であれば、障害のある人でも仕事へのやりがいや誇りを感じられる上、景気にそれ程左右されず、一定の収入が見込めるのでは、と考えたからだったという。
 実際、事業を進めるにつれ、農産加工が障害者それぞれの能力を発揮するのに、最適な場であるということも分かってきた。「食べること」という日頃の生活につながる仕事は、障害者も理解し易く、抵抗を感じにくい。また、一度仕事を覚えれば、真面目に丁寧な仕事をしてくれる。
 さらに、雇用の面でも重要な利点があった。
 現在、麦の郷で作る加工品は10品目以上。ジュース、ゼリー、納豆、パン、ケーキ、クッキー、わらび餅、せんべい、冷凍コロッケ、粉末茶…。多様な商品を製造する理由は、ただ単にバラエティの豊富化というだけではなく、多様な作業工程を生み出し、障害者の特性や程度に応じた仕事を作るためだ。
 障害の特性は十人十色、それぞれ輝ける場所がある。より多くの人を受け入れ、雇用を作るために、農産加工は最も適した事業形態だったのだ。


地域農業との連携



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 農産加工事業には、「地元和歌山の近隣農家や農業団体との連携が欠かせない」と柏木さん。
 先述したように、柏木さんは「地域資源を活用し、一般市場でも通用するような高品質商品」というコンセプトにこだわった。その理由は、収入面の安定化や地域とのつながり、仕事へのやりがいを作るというだけでなく、福祉施設も『自立』できる道を考えていかなければならないという危機意識があったためだという。
 年々、国からの助成も削減傾向、特別な技術や設備のない障害者施設の商品が市場で受け入れられるには、地域資源を活かした6次産業化で付加価値のある事業を展開する必要があった。
 「和歌山には農林水産資源が豊富でブランドもあります。こだわりのある地場産品を使った商品は、それだけでもブランド価値がありました」。
 早速、近隣生産者との連携を開始。トマトやホウレンソウ、ミカンなどの柑橘類、大豆、ダイコンといった、加工で主要に扱う農産物を出荷してもらうようになった。また、耕作放棄地を利用者と共に開拓。さらなる原材料確保にもつなげていった。
 また、こうした麦の郷の取組みは、農業従事者の減少や高齢化、耕作放棄地の増加といった課題を抱えていた地域農業に、確かな変化をもたらしていった。


販路の拡大と品質管理の徹底



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 しかし、次に課題となったのが商品の「販路」だ。特に、福祉施設には「営業」のできる人材がいない。人材育成が必要不可欠だったという。
 まず、柏木さんが先頭を切って農産物直売所や小売店へ営業を開始。そこに意欲のある職員数名を引き連れ、「修行」を続けた。商談の様子を見せ、さながら一般企業のOJT(仕事を通じてトレーニングする)を繰り返したという。数年かけ、じっくりと人材育成を行い、徐々に自ら動ける営業マンが生まれていった。
 営業力が強化されると、当初は農産物直売所からはじまった販路開拓も、地元スーパー、生協、大手量販店と徐々に拡大。
 しかし、新たな課題も浮かび上がった。販路が拡大するにつれ「衛生管理」や「品質管理」が厳格化していったのだ。「ハードルの高さを感じた」と柏木さんは当時を振り返る。
 しかし、チャンスを活かさない訳にはいかない。現在、麦の郷の作業所では、金属検査機やエアシャワーなどを整備、異物混入や衛生面での問題をクリアするため、その管理を徹底している。一般的な農産加工所でも、ここまでの設備を設けている所は少ない。
 商品開発にもさらに力を入れ、プロから学んだ加工技術を蓄積。さらに一般的な商品と並べても見劣りしないよう、ラベルやパッケージデザインもプロに依頼。商品の魅力を向上させながら、さらなる販路の拡大を実現させていった。


新規事業と地域とのつながり
「農福連携」を新たなステージへ



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 「福祉施設だからこそできる、地域農業への貢献の形がある」と柏木さんは胸を張る。
 現在、麦の郷では生産者からの受託加工や、ピューレ、ペーストなどの中間加工業を強化している。日本は食品の中間加工を海外などに委託している場合が多い。そこに、福祉施設が事業展開する可能性を見出したのだ。受託加工に関しては、現在、新潟県などからも依頼が来るそうだ。ロット数は100から対応、小ロットであっても引き受ける。
 そこには福祉施設ならではの利点があるという。福祉施設には、行政から支払われる「福祉事業収入」がある。それによって、スタッフの人件費や固定費を賄える場合が多い。一般企業なら採算の合わない事業が、福祉施設であれば採算の合う事業になる可能性は高い。
 「農福連携」による新たな事業展開も進んでいる。
 2011年、農産物直売所「麦市」を開店。6次産業化の完成形として、オリジナル加工品の販売のほか、近隣の高齢で小規模な生産者の農産物の販売場所としても活かされている。ちなみに、開設にあたり、柏木さんは、片道450キロに及ぶ遠距離をものともせず、長野県で月1回程度開催された「信州直売所学校」を受講し続け、直売所の基本的理念とノウハウを習得した。その熱意に当時の直売所学校スタッフは胸打たれたという。

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 そして、2015年4月、新たに「Café mulino(カフェ・ムリーノ)」を開店。30~40代の女性をターゲットにしたお洒落な店内では、地元農産物を活かした多国籍料理が味わえる。場所は、麦の郷が農産加工事業を始めた頃からの付き合いだという、和歌山市の農業生産団体・紀ノ川農業協同組合が運営する農産物直売所「ファーマーズマーケット紀ノ川・ふうの丘直売所」の敷地内。直売所の新規顧客獲得という課題と、同法人における新たな雇用機会創出という問題意識が重なった上での、新たな事業展開だ。ここでももちろん、障害を抱えたスタッフが、接客や調理補助などの仕事に励んでいる。
 「生まれた場所で、その人らしく暮らしていく」という当たり前のことが、難しい人がいる。一方、地方は人口減少や基盤産業である農業の衰退を嘆いている。麦の郷の取組みは、その両者をつなげることで、障害者という社会的弱者が、地域経済の担い手として「農業」という地域の基盤産業を支えるという構図を生み出した。より多くの人が、地域の中で、より良い暮らしができるような社会を築き始めている。
 障害者福祉と農業の連携には、これからの地域を守り、地域が生きていくための、大きな可能性を秘めているといえるだろう。


社会福祉法人 一麦会「麦の郷」
〒640-8301 和歌山県和歌山市岩橋643
TEL:073-474-2466
FAX:073-474-4637
HP:http://muginosato.jp

(平成27.10.23 産直コペルvol.14より)
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