全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

農福連携その1 田園福祉 いのちはめぐる

タイトルなし

 長野県小布施町にある社会福祉法人くりのみ園は、町の中心部から少し離れた穏やかな田園地帯の中にある。畑では化学農薬や化学肥料を使わずに米や野菜を育て、鶏舎の中では3,800羽の鶏たちが放し飼いにされ、のびのびと育つ。
 ここでは、自然循環型農業を実践しながら農産物・加工品の製造販売によって知的・精神・身体に障害を持つ人たちの雇用を支援している。就労人数は現在70名程(スタッフ含む)で、収穫した野菜や卵を使っての加工品作りを行うなど、6次産業化も展開している。
 くりのみ園が開設したのは1997年。当時はまだ「農福連携」などという言葉も一般的ではなく、農業に取り組む福祉施設も今ほど多くなかった時代だ。「田園福祉」をキーワードに、障害者の支援の形として昔ながらの農業に取り組んできたくりのみ園理事長の島津隆雄さん(66)にお話を聞いた。


それが自然な姿だから



タイトルなし

 「『なぜ福祉施設で農業を?』と聞かれることがよくあるんですが、それは何も目新しいことではなく、昔からある自然な福祉の原形なんです」。そう話すのは、社会福祉法人くりのみ園の理事長島津さん。
 戦前から昭和50年頃にかけては、障害者福祉施設において農業を行っていた場所は数多く存在したという。それが昭和50年代あたりを境にだんだんと姿を消し、今ふたたび農業と福祉の連携が注目されるようになったのだと、島津さんは話す。
 「なにも特別なことをしているわけじゃない。障害者の支援を考えた時、一番に考えなきゃいけないのは、〝食〟ですよ、自活するということ。そのためには、米、野菜を作り、動物を飼うこと。それが自然な形だからこういったやり方をしているんです」。
 くりのみ園では、自然に逆らわないやり方をと、鶏たちは鶏舎の中で雄雌一緒に放し飼いにしている。そしてそこで出た鶏糞は発酵させて畑の堆肥にし、畑の野菜や雑草は鶏の餌にする、自然循環型農業を実践する。そのため生産活動にともなう廃棄物はほとんど出ない。
 また、化学農薬や化学肥料は一切使用せず、農産物の種もF1品種ではなく固定種を用いて、自家採取もしている。効率やコストを重視した慣行農法の視点から見ると、くりのみ園のやり方は手間をかけた特別な手法にも思える。だが、島津さんは自身らが行う自然型循環農法について「昔から行われている理にかなったやり方であり、ごく当たり前の姿」だと話す。


自然の食を通じて自然治癒力を回復する



タイトルなし

 そんな〝昔ながらの農業〟にこだわる理由を、島津さんは次のように明かした。
 「障害者福祉の世界で、その支援を考えた時、やはり目的は障害の克服ですよね。それを考えた時、〝なぜ障害を持った人が増えているのか〟ということを疑問に思ったんです」。現在、知的障害、精神障害、身体障害を持った人の総人数は日本国内において約700万人といわれる。かつてと比べ、その診断基準が変わっていることを考慮しても、確実にその数は増えている。
 「その疑問を考えた時、思うのは〝食〟の変化ですよね。本来人間の食料ではなかったようなものが、今いろんなルートで体内に入るようになった。それが、障害の発生率を高めているんじゃないかと思ったんです」。
 そこで島津さんは、「自然の食を通じて自然治癒力を回復しよう」と、農薬や化学肥料を使わずに、昔ながらのやり方での農業を実践するに至ったのだという。
 鶏舎で出た鶏糞は微生物によって分解・発酵されるためほとんど臭いも出ない。また、それを与えた畑の土の中では、多様な微生物たちの働きが植物の生育を助ける。
 「農園の中で、微生物、植物、鶏たちの豊かな世界が作られるようになって、だんだんと良いものがとれるようになった」と島津さんは語る。


けっこうやるんだよってことを証明したい



タイトルなし

 「物を覚えたりするのは時間がかかるかもしれないけど、物を育てる面白さ、収穫、そしてそれを食べるというサイクルを経験し、そこに興味を持ち始めるんです」と、施設で働く人々の様子を語る島津さん。「作った物を人が買ってくれると、〝認められた〟ということが彼らは感覚でわかる。そこまでいくとすごく頑張るようになって、働く面白さにハマっていく」と続けた。そんな彼らに対し、「本当に頼りになる。すごく感謝しています」と微笑む。移動販売やイベント等行う際には障害者も参加して直接お客さんと関わるのだという。
 「世の人々からはできないと思われがちだけど、そうじゃあねんだよ、けっこうやるんだよってことを証明したいね」。力強くそう言って、表情を崩した。


地域とのつながりに助けられた



タイトルなし

 開設した当初50aだった圃場は、現在では8haにもなった。はじめは近隣から農地を借りるのも難しかったというが、この地で農業を続けていくうちに、逆に地域から管理を頼まれるようになり、だんだんと農地が集まってくるようになったのだという。「私たちがここで農業をしていることが、だんだん地域になじんできたんですね」。
 こんな出来事もあったという。
 もう歳をとって歩けなくなったおじいさんが、車いすに乗ってくりのみ園までやってきてこう言った。「俺はもう百姓できねえ。俺の畑を預かってくれ」。それに対し島津さんは「わかりました、われわれが守ります」と、農地の管理を請け負ったと言う。そうするとそのおじいさんは、「ありがとう。これで安心して死ねる」と言って帰っていったそうだ。そしてそれから程なくして、その方は本当にお亡くなりになったという。農家にとって自分の農地がいかに大切なものかが伝わってくるエピソードだ。くりのみ園と近隣農家とのつながりは強い。
 また栽培に関しては、島津さん自身が勉強して手法を覚えると同時に、近隣の農家からも親切に指導してもらってきたという。
 「やってるうちにね、隣同士の農家で顔なじみになってね。百姓仲間として、種の蒔き方や育て方なんかを『こうやればいい』って教えてもらえたんです。それが一番支えになったなあ」。実感をこめてここまでの道のりを振り返った。 


田園福祉



タイトルなし

 島津さんの名刺には、「『田園福祉』の障害者就労支援事務所 社会福祉法人くりのみ園」と記載されている。
 「『田園福祉』ってどういう意味ですか?」と尋ねると、「私の造語だよ」と笑いながら、次のように教えてくれた。
 「福祉と農業をつなぐ言葉として、『園芸セラピー』という言葉はもともとあったんだ。ヨーロッパから入ってきた言葉なんだけど。でも、農業は、『生きる』ということが根っこにあるのに『セラピー』と表現するのには、違和感があって。私たちのやってることよりも意味が狭まるというか…」。そこで島津さんは、自分たちのやっていることはどのように表現するのが良いのかと考えて、『田園福祉』という表現に行き着いたという。
 「農業も福祉も、もっと希望を伝えたいって思ったんです。『田園』という語は、明るいイメージがあるでしょう」と島津さん。そして次のように続けた。
 「『福祉』と言うと、その人が障害を持っているというところから話が始まる。そういう場合、その人がいかに〝できない人か〟が問題になるんです。できないことが強調されて、かわいそうだから支援しなきゃ、という流れになる。でも実際には、やれることもあるんです。〝できる〟ということに視点をあてれば希望がひらけてくるでしょう」。そう言って微笑んだ島津さんの瞳にはあたたかな光が宿る。
 鶏から大地へ、農産物からまた生き物へ―。農業と健康の本来の姿を見つめながらくりのみ園が実践する『田園福祉』から、確かな希望が伝わってきた。


社会福祉法人 くりのみ園
〒381-0208 長野県上高井郡小布施町大字都住1238-2
TEL:026-247-6330
FAX:026-213-7283
HP:http://kurinomien.com

(平成27.10.19 産直コペルvol.14より)
産直コペルとは

全国の直売所や地域おこしの先進事例が盛りだくさん!「農と暮らしの新たな視点を探る」をテーマに、日本各地で地域おこしに奮闘する人々を取材した隔月発行の全国誌です。購読のお申し込みはこちら! 年間6冊3,300円(税・送料込み)です。

別冊産直コペル

手づくりラベルで農産物&加工品の魅力UP大作戦!
商品のラベルづくりにお悩みの農産物直売所、生産者、農産加工所の皆さま、必見の1冊!

バックナンバー

産直コペルのバックナンバーはこちら!

記事一覧