全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

土から育てる vol.1 微生物を活用した複合発酵農業

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 「美味しい野菜が食べたい」「味の濃い果物を楽しみたい」…そんな消費者の要望にこたえようと、全国各地の農家が様々な工夫やチャレンジを重ねている。特に、「環境との共生」が社会的通念となってきた昨今は、化学肥料への過度の依存を避け、自然資材を使った循環型の天然肥料で「土」をつくることに力を入れる動きが強まっている。

 「土から育てる」。この視点から、本号より、全国の先進事例を訪ね歩くことにした。アテンド役は、信州・宮田村に本拠を置くNPO法人「土と人の健康つくり隊」の伊藤勝彦理事長。シリーズ第一弾として、天竜川の河岸段丘に農地が広がる長野県松川町の「ナチュラルアースまつかわ」に焦点を当てた。


牛のおしっこと液肥のコミュニティ



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 松川町はリンゴやナシ、ブルーベリーなどが豊富な「くだものの里」。もちろんコメや野菜の栽培も活発な農業の町だ。
 その山間部、小高い里山の中に、この地域の「土を育てる」取組みの拠点である酪農家・橋場龍司さん(48)の牛舎と牧場がある。牧場入口には、「牛屎尿酵素発酵プラント」の看板。会の名称は「ナチュラルアースまつかわ」。約160人の会員は、果樹・花き・野菜農家で、設置されたポンプで液肥「NH―1」を必要なだけ汲み取り、おのおのの圃場に持ち帰って堆肥作りに利用したり、散布したりしているという。

 「液肥『NH―1』は無臭で、土壌に散布すると有用菌の繁殖力が増し、土が健康になります。化学肥料や殺菌剤なども節減できるだけでなく、食味向上や収量アップにもつながり、大きなメリットになっています」。その効果をこう話すのは、プラント立上げのもう一人の立役者、農家の小原健さん。ナチュラルアースまつかわの前会長だ。
 牧場で出る牛のおしっこを特殊な酵素を利用して発酵・液肥化させ、化学肥料や化学農薬をほとんど使わずに農業を進める「牛のおしっこと液肥のコミュニティ」だ。


「臭気対策」が〝宝〟を生んだ



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 「出発点は、牛の糞尿の臭気対策だったのです」と橋場さん。牛舎もすごい臭いだったし、堆肥にしたり牧草地に播いたりしても、辺り一帯、もう大変な臭いだった。周辺住民からの苦情も少なくなく、「臭気対策をしなければ、山間地でも酪農は続けられないと真剣に悩みました」と話す。

 この問題を解決するために、先進事例の視察などに一緒に出かけ、プラント計画を描いて行ったのが農業委員会の会長を務めたこともある小原さんだ。二人は、長野県飯山市常盤の農業集落排水施設や、同じく東御市の畜産農家の処理施設など、多くの糞尿処理や下水処理の現場を視察した。そして酵素を活用して微生物を活性化させ、その力で汚水の浄化を進める方式が、臭気対策としても、また、尿などを液肥化する資源リサイクルとしても、優れた威力を発揮することに注目、「これだ!」と思ったのだという。


原点は「地域のために」



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 「臭かった牛の糞尿が、臭いが消えるだけでなく、素晴らしい効果を持つ液肥や堆肥に生まれ変わる。これは農業が盛んなこの地域のためになるだろうと思ったのです」と小原さん。
 橋場牧場から排出される糞尿のうち尿を分離し、発酵・液肥化するプラント作りは、地域の仲間に声をかけ、資材を持ち寄り、自分たちで重機を動かし、まさに手作りで行ったそうだ。発酵タンクには、以前造り酒屋で利用されていた醸造タンクや、家畜の飼料を貯蔵するための飼料タンクなどを使った。立ち上げ当時は、ポンプや配管も、以前施設園芸で使用していたものを有効活用したという。

 そのための資金は、長野県が地域振興の取組みを支援するために設けている「地域発!元気づくり支援金」を利用した。初回は200万円。「その後もいろいろお世話になったけど、最初は、よくまぁこの金額でここまでやれたと思ったし、言われもしました」と小原さんは笑う。
 07年の稼動。08年に会を立ち上げた時には会員は6人だった。だが、評判は瞬く間に広がり、2年後には96人、全国各地から視察者が殺到し、会員数もさらに多くなった。「やっぱりね、皆、地域を何とかしようと思っているんですよ。その力に背中を押された感じですね」と二人は話す。


肌で感じる、「バイオ酵素」の特性と経済性



 最近の研究では、土中の微生物や細菌の活性化が、いわゆる「土力」を上げ、植物の生育を助け、食味も良くする「傾向を持つ」ことが浮き彫りになってきている。しかし、いまだ詳細は未知の部分であると言われる。特に、菌や微生物の働きを高める触媒の役割を果たすと言われる酵素については、諸説入り乱れている状況である。
 しかし、ナチュラルアースまつかわのこのプラントの液肥を利用する農家は、例えば果物の糖度は確実に上がり、収量が増えている。何より、この酵素(ごく薄く希釈したもの)を牛に飲ませ、その糞尿を酵素分解させている当の本人の橋場さん自身が、「臭気がほとんど抑えられる。牛が元気になる。糞はとても乾きやすくなり、堆肥もさらさらした感じになる…」などとその特性を語っている。単一の菌や、一種類の酵素を使うのではなく、複数の酵素の働きで、使用する土地の土着の菌を複合的に発酵に利用するこの酵素資材の特徴によるのだそうだ。

 ちなみに橋場さんは、農業に専念する以前はJAの畜産技術員をしており、自身の牧場だけでなく、家畜の糞尿処理・臭気対策にずっと頭を悩ませ続けてきた。その人が「これほど臭いがしなくなるのは、今でも、ちょっと信じられないくらいだ」と話す。それほど、この酵素には特性があるのだそうだ。
 経済性・コストについても少し触れておこう。先ほど、「このプラントでは、糞と分離した尿を酵素分解し…」と書いた。橋場さんがバイオ酵素を飲ませて育てる牛が排出する糞と尿のうち、ナチュラルアースまつかわのプラントで処理されるのはおしっこだけ。酵素分解・発酵され、液肥「NH―1」となって、1リットル4円で会員が購入する。そのうち3円は、管理・資材費として橋場さんに支払われ、1円が会の運営費用に回されるという。会員以外は1リットル30円。
 糞の方は、橋場牧場の独自の事業として、堆肥となって販売されたり、畑へのすきこみ用として販売されたりする。

 「橋場さんは言わないが、僕はきっと橋場さんが幾分持ち出す(負担を背負い込む)ことになっているのではないかと見て、申し訳なく思っている」と小原さんは話す。すると橋場さんは笑いながら「プラントからのお金だけではないですからね。一月に均せば、出費はプラント維持費が3万5000円、酵素代が牛50頭で月5000円(1万倍に希釈使用)位です。酵素を使わなければ月5万円程度の脱臭剤を買わなければいけない。それに酵素によって牛もかなり元気が良いですから、臭気対策や健康状態、それに臭わない牛糞や堆肥の販売分まで加味して考えれば、苦しい酪農家を助けてくれていると思いますよ」と話す。
 繰り返すが、橋場さんは元畜産技術員だ。


山間の農産物のブランド化へ



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 当初は、松川町の農家ばかりでスタートしたが、このプラントの液肥を使用した農産物の出来栄えのよさに気付いた近隣町村の農家も会員に加わり、現在では、この酵素液肥利用の農家は5町村にまで広がっている。
 「花の切り本数(単位面積当たりの収穫出荷できた花の本数)が増えたという声や、ブルーベリーが大粒になり甘くなったという声など、挙げていったらきりがない。これからは糖度とか具体的数値をもって、酵素液肥の効果を立証することが大切だ」と小原さんは話す。

 牛の糞尿の臭気対策から始まったプラント作りが、実は、栽培振興や品質向上につながる良質肥料の提供という宝物を生み出した。
 今度はその宝物を活用して、品質の高い、おいしい、良質な農産物を作り出し、それをブランド化しようという考えだ。
 近年、地場産農産物に注目が集まる中で、農産物に「ブランド」名をつける試みが全国各地で進んでいる。しかし、その多くが、栽培技術的には一般的な慣行栽培で行っているだけで、せいぜい、その地域で作られているということをもって、「○○野菜」などというブランド名が冠されている程度である。
 何か、栽培技術・栽培方法で特化した、差別性のある、「ブランドの実体」を生み出しているわけではないことが、現在流行の「地域ブランド野菜」の盲点になっているといえるだろう。
 だが、「土を育てる」ところから取組む農業は、確実に、その地域の特徴ある農業を生み出す。その可能性を切り開いているのが、ナチュラルアースまつかわの取組みであるように思われた。


案内人紹介



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伊藤勝彦さん
1945年長野県伊那市生まれ。1968年長野県小諸市に本社を置くスーパーツルヤに入社。青果部門からスタートし、17年後の1985年に取締役に就任。商品部統括・商品開発・産地開発を担当。1998年常務取締役。同年、(株)シージーシー全国代表商談委員長・同全国商品戦略委員長兼任。2010年に役員定年により退任。現在、NPO法人「土と人の健康つくり隊」理事長。全国に300ヵ所の微生物複合発酵方式の循環型肥料供給システム構築を目指し東奔西走中。

(平成27.6.11 産直コペルvol.12より)
産直コペルとは

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