全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

農家を訪ねて vol.13 農民ダイナマイト

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 大菩薩峰の麓、山梨県甲州市旧神金村にあるマル神農園では、3.6haの圃場で年間80種類の野菜を無農薬無化学肥料で栽培している。農園で働く古屋聡さん、雨宮陽一さん、岩波勇太さんはいずれも30代前半、農業を軸に地域を盛り上げるための様々な活動を行う。甲州の山々に抱かれた大地で農業をしながらいきいきと暮らす彼らに話を聞いた。


自然の力で育つ生命力の強い野菜たち



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 マル神農園の野菜はすべて、無農薬無化学肥料で作っている。雨宮さんはその理由をこう話す。「もともとみんな山とか自然が好きなんです。山に行くと自然のすごさを感じる。野菜に対して僕らが出来ることなんてほんのちょっと。自然の力で育ってもらって生命力の強い野菜を作りたい」。標高850mのマル神農園の畑は、大菩薩峰、雲取山、笠取山などの美しい山々に周囲を取り囲まれている。
 「農業をしながら、自然からいろんなことを学ぶんです。土、天気、虫、いろんなものがあってひとつのものができることに、すごいな、と感動する」。農薬や化学肥料を使用しない野菜の生育のために、菌床や木のチップを利用した炭素循環型農法や、コンパニオンプランツ(近い範囲に植えることで互いの成長に良い影響を与え合う作物)を利用した野菜作りを行っている。


栽培も販売も楽しみながら



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 農園では、在来種や西洋野菜など、年間80種類ものさまざまな野菜を育てる。その理由を尋ねると、「スーパーで売っていないような珍しい野菜を、レストランだけでなく家庭でも食べられたら食事が楽しくなると思ったし、会話も弾むかもしれない。栽培しているこっちも楽しいし、いろんな野菜を作ることで食に興味を持つ人が増えてくれたらうれしい」と、話してくれた。色とりどりの野菜たちが作業場を鮮やかに彩っていた。
 東京で開かれる太陽のマルシェや、勝沼市で開かれる勝沼朝市など、イベント出店も積極的に行っている。イベント参加時は、新規顧客を開拓したり、出店している農家と栽培方法や値段付けなどの情報交換をしたりもするが、「そういう目的もあるけど、半分遊びみたいなもの」と雨宮さんは言う。「いろんな人がいろんなものを売っていて、そういう人たちとの関わりを楽しんでいます」と、笑顔で話す。野菜作りもその販売も、「楽しみながら」やっていることが伝わってきた。


直接「旨い」と言われることが農家の醍醐味



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 作った野菜は、市場出荷はせずにすべて直売している。そのお客さんは県内の一般消費者やレストラン等だけでなく、マルシェなどで出会った県外のお客さんも多いという。そして、そのお客さんらと一緒に、収穫体験や畑でキャンプを行うなどのイベントを企画し、顔の見える関係でいることを大切にしている。
 「直接お客さんに野菜を渡して、『旨い』と言って喜んでもらう、それが農家の醍醐味じゃないですか」と雨宮さんは笑う。お客さんからの紹介を通してさらにお客さんが広がっていくことも多いそうだ。お客さんとの距離はとても近い。
 また、野菜の生産と販売を行いながら、農業体験や里山保育などの受け入れも行い、農業の魅力をより多くの人に発信しようと精力的に様々な活動をしている。マル神農園の畑には、友人やお客さん、近隣の子供たち、1年を通し様々な人々が訪れる。


農家として生きる喜び



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 もともとは、農業分野とは異なる職種についていた3人だが、数年前にそれぞれのタイミングで前職を離れ、周り近所の人に教えてもらいながら個人で農業に取組み始めたという。「地元でできる面白いことって何かなと考えたら農業だと思った」。そんな日々の中、もともと友達同士だったという彼等はマル神農園を立ち上げ、耕作放棄地を譲り受けながら栽培規模を拡大していった。
 「一番美味しいものを一番最初に食べられるし、自分が種から育てたものが『世界一うまい』と言って喜ばれる。天候に左右されたり、動物に作物を食べられたりもするけど、そんな中やる価値はあると思っている」と古屋さんは農家として生きる喜びを力強く話してくれた。また岩波さんも「外で体を動かすのはとても気持ちがいいし、地域の農家さんと深く関わり合えるのも楽しい。農家は性に合ってるんです」と言って微笑む。「一番は、自分たちで種から育てたものが実になる喜び」と雨宮さん。
 3人がそれぞれいきいきと働く姿が印象的だった。


農民ダイナマイト



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 マル神農園が実行委員会を務め、2010年から毎年開催しているイベントがある。農民のためのお祭り、〝農民ダイナマイト〝だ。今年で6回目を迎えたこのイベントは、毎年11月23日に実施する。「この日は五穀豊穣に感謝する日で、農家にとってとても大事な日だから」と語る雨宮さん。新穀への感謝の気持ちと、一年間の労をねぎらいながら、神金地区にある神部神社の周りで、地元農家をはじめとする地域の仲間たちと協力して開催している。
 イベントの内容は実にさまざまだ。マルシェや収穫体験だけでなく、アーティストを招いての音楽ライブ、地元の猟師に協力を仰いでの鹿料理の振る舞い、地元のおばちゃんたちが豚汁や漬物を振舞う甲州弁カフェ…。また、空家や耕作放棄地・移住等についての地元住民とのトークセッションの時間も設けるなど、地域外からの参加者を多く受け入れながらも、地域に密着した手作りのお祭りだ。来場者は年々増加し、昨年は県内外から1000人以上が訪れたという。
 イベントパンフレットには『農業の魅力とその素晴らしさを世の中に発信し、未来の地球と子供達のために農民革命! 山から町に、町から都会に! みんなのハートに種を蒔く! それが農民ダイナマイト! Get Up Stand Up!』と、わくわくするような文章が踊る。
 「音楽が好きでやって来た人が、田舎や農業に興味を持つきっかけとなったり、移住したい人同士が知りあったり。お客さん同士の輪がひろがって新しいコミュニティになったりもする。それはすごく面白いこと。若者と、この土地を守ってきた上の世代の人たちが交わることができるのもうれしい」と雨宮さんはその様子を笑顔でに話してくれた。
 「回数を重ねて、最初は遠巻きにイベントを見ていた地域の人たちがだんだんと近寄ってきてくれた実感がある」と、古屋さんもその手応えをうれしそうに話す。


このままじゃどうなってしまうんだろうと思った



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  「畑に行ってもおじいちゃんおばあちゃんしかいないし、年々その圃場も小さくなって、耕作放棄地も増える。何かアクションを起こさないと、このままじゃ自分たちの生まれ育った地域はどうなってしまうんだろうと思った」。農業の担い手問題や、増加する耕作放棄地、空き家、田舎からどんどん離れていく若者たち…これらの問題に対し、自分達でできることをしようと始まったのが農民ダイナマイトだ。
 「農業で地域を元気にしたい、地元を盛り上げたい」という彼らの思いが、たくさんの人の共感を呼び、応援され、県内外から多くの人が集まるお祭りになった。
 昨年イベント資金を集めるために実施したクラウドファンディングは、予想以上の反響があり、2ヶ月で40万円が集まったという。資金を援助してくれた人に対しては、マル神農園はじめとする地元農家が作った野菜や果樹、加工品等をリターンとした。
 美味しい水、なめらかな温泉、里山の空気、夕暮れ前のそよ風、夕焼けに染まる山々の丘陵線、夜明けの目覚めの鳥の声―、「僕たちが食べ物を生産し、ここに生きる理由を少しでも伝えられれば」。実行委員長を務める古屋さんはそう話す。


農業は最高だ



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「食べなきゃ生きていけないのに、どうして農家は減っていくのか。儲からないとか、汚いとか、悪いイメージもあると思う」と雨宮さんは語り、こう続けた。「でも、ブランド物の服を着て畑に出たって、誰も文句は言わないし、ものすごく自由なのが農業。農業は、おもしろくてかっこよくて最高だよってことを伝えたい」。その言葉通り、マル神農園で働く彼らの生き方はとても自由で、周りをわくわくさせるエネルギーに満ちているように見えた。
 自然と共に生きることはとても気持ちが良いこと、種から蒔いて実になる喜び、人が生きるうえで切っても切れない農業の大切さ、自然から学ぶことの数々…。「それをどう表現して次の世代につなげられるか。次の世代にどういうふうに反映させられるのかが僕らにとっての課題です」と、力強く話す。
 身近な問題に対し、自分たちなりの方法で行動を起こし発信する。自然に対する尊敬の念を持ち、それを有する地域を大切にしながら楽しく暮らす―。彼らの起こした行動やその生き方に影響を受け、食や農の世界に足を踏み入れる人もたくさんいるのではないだろうか。マル神農園では多くの人を巻き込みながら、そのための種を蒔いているのだと感じた。


マル神農園
〒404-0026 山梨県甲州市塩山上小田原122-1
TEL/FAX:0553-39-8671

(平成27.8.20 産直コペルvol.13より)
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