全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

土から育てる vol.2 跳べ!やんちゃ豆

タイトルなし

 全国に300ヵ所の地域循環型肥料の供給拠点設置を目指すNPO法人「土と人の健康つくり隊」(長野県宮田村)の伊藤勝彦理事長を案内役とした、「土づくり」からの農業の現場を訪ねるシリーズ第二弾。
 酵素を混ぜ込んだ菌床(木材の『オガ粉』を使った培養資材)で良質のキノコを栽培・出荷し、使用後の菌床(通称『廃オガ』)を有効活用した発酵堆肥で枝豆など野菜を供給。さらに、このシステムを活かして千曲川流域の広大な遊休農地の再開墾に挑む奥信濃農園・大日方隆行さんを訪ねた。


「土づくり」が切り拓いた新たな展望



タイトルなし

 「じゃあ整理しますよ! A社は4キロ・バラ、20ケースを毎週火曜・金曜で。B社は同じく30ケースを火曜・金曜で。C社は…」。
 飯山市常盤の奥信濃農園の枝豆出荷作業場に今回の案内人・伊藤勝彦さんの声が響いた。
 10人ほどの女性が作業する枝豆選別機がゴーゴーと音を立てる中、伊藤さんと関係の深いスーパーなど6社のバイヤーが集合し、この夏の奥信濃農園との取引・集荷計画を詰めている現場だ。
 「出荷価格はキロあたり○○○円。生産者・販売業者・消費者が、それぞれ納得がいくぎりぎりの値段設定です。いつも通り、この夏を通して出荷価格はこれで固定して下さい。市場の値段がどんなに変わっても、この値段で取引するという約束は農家も販売店もきっちり守って下さい。市場価格に引っ張られて値段交渉を始めると、こういう仕組みは長続きしなくなります」と伊藤さん。参加者は皆、大きく頷いた。
 奥信濃農園。信州の最北部、豪雪地帯の飯山市で代々続く農家。代表の大日方豊さんが30年近く前からキノコ栽培に取組み、事業を拡大・安定させてきた。年間3.3回転100万本の菌床を使ったブナシメジ、作付面積12haの枝豆、同じく3haの水稲などを作る。売上総額は2億円を超えるという。
 飯山市は長野県でも有数の米作地域だ。しかし―いや、だからこそというべきか―減反から米価格の低迷の影響をまともに受け、米に変わる「別の何か」の模索が始まった。豊さんが着手したキノコ栽培もその一つ。しかし、そのキノコも全国的な生産量の増加で価格低下が起こり、その打開が求められた。
 この困難な局面を、後で詳しく見るように、酵素の活用という新たな技術をいち早く導入し、キノコ栽培―堆肥製造―野菜栽培という複合化で切り拓いてきたのが奥信濃農園だ。農産物の大半は、スーパーなどとの直接取引。大型農家が創意工夫して生み出してきた契約栽培農業の典型例だと言えるかもしれない。
 「俺はもう引退して自由人」と笑う豊さんの後を継ぎ、現在は、息子の隆行さんが現場で指揮を執る。


跳べ! やんちゃ豆



タイトルなし

 奥信濃農園が栽培・出荷する枝豆は、「やんちゃ豆」と名付けられ、県内外のスーパーなどで人気商品となっている。コンビニでの小パック販売も始まった。廃オガ堆肥を使った無化学肥料栽培。化学農薬は初期に除草剤を一回、着花時に殺菌剤を一回―都合二回しか使わない。
 「もちろん栽培日誌・防除歴はきっちりつけトレーサビリティーも明確です。しかし、それらも含めて、減農薬・無化学肥料栽培というだけでは、このご時世、差別化できないと思うのです」と隆行さん。こだわりの栽培方法への消費者の反応は確実に高いのだが、これはもう普及・標準化の段階を迎えている。農家としては、さらに「その先」を目指さないと「明日はない」と考えている。
 現在、強調したい「やんちゃ豆」の特徴は、第一に「美味しさ」。単なる主観の問題ではなく、収穫後、10~15℃で12時間冷却貯蔵し熟成させるという技術的基礎を持っている。酸素濃度は21%、湿度60~70%。こうした条件は、実地試験を通じて研究してきた結果だ。何より、そもそもキノコ栽培農家であり、温度・湿度・酸素濃度などを管理する施設とノウハウ、その知識を有していたからできた工夫だ。「これで味が変わる」と胸を張る。
 第二の特徴は、最盛期の収穫体制。ネットを通じて大学生はじめ若者の「ボラバイト」を募り、毎夏、延べ60人ほどの若者が、農業研修・社会研修を兼ねて収穫・出荷の仕事を担う。「ボラバイト」とは「ボランティアとバイトの中間のようなもの」(隆行さん談)で、紹介・募集を行うWebサイトの主宰者を介して最低賃金以上のバイト代が支払われ、参加者は、仕事先から住居と食事などの各種サポートを受けつつ、働きながら食・農・就業体験をするのだという。「営農の仕組みでも、若人を導き入れる挑戦をしていることをお客さんにも知って欲しい」と話す。
 そして第三の特徴は、奥信濃農園が開発してきた枝豆栽培のノウハウと全国に広がり始めている販路を活用して、地域の兼業農家にも枝豆栽培を拡げ、近くを流れる千曲川沿岸の広大な遊休農地(既に荒廃し始めている)を有効利用・再開拓しようとしていることだ。
 「『やんちゃ』とは、この地域では、少しくらい無理そうなことでも、元気よく挑戦する人のこと。30〜40代はよちよち歩き、50〜60代は洟垂れ小僧と言われますが、僕は歳をとってもずっと『やんちゃ小僧』でいたい! そういう思いを込めました」と隆行さん。


「廃オガ」有効活用の堆肥製造システム



タイトルなし

 「減農薬・無化学肥料」栽培では「もう差別化できない」と隆行さんは言うが、それは、すでに実施している農家だからこそ言えること。実は、奥信濃農園の、(1)キノコ栽培への酵素利用(菌床の中にバイオ酵素という特殊な酵素を混ぜ込む)、(2)キノコ収穫後の廃オガの堆肥化(堆肥として販売もしている)、さらに、(3)その堆肥を使った野菜の減農薬・無化学肥料栽培―という複合化した事業システムの確立こそが、奥信濃農園の現時点での到達点であり、最大の特徴だといえよう。
 「廃オガ」を堆肥の材料として利用することは、すでに多くのキノコ農家が取組んでいることではある。だが、各所で散見されるような、ただ、産業廃棄物を堆積させておくだけのような「堆肥づくり」なるものでは、腐敗による悪臭問題を引き起こしたり、あるいは、堆肥として土中に鋤き込んでも、完全発酵していないためガスを土中に貯め、数年放置しなければ堆肥としての効果が出ないなどの弊害をもたらしたりもしている。蛇足ながらこれは、「廃オガ」だけでなく家畜の糞尿、稲ワラ、各種枝葉類などでも同様だ。
 奥信濃農園の場合には、縁あってめぐりあったバイオ酵素の使用が、キノコ栽培―「廃オガ」堆肥化―それを使った野菜栽培のすべての行程に好循環をもたらしたと言えよう。
 バイオ酵素との出会いはひょんなことからだった。奥信濃農園の近くに設置されている農業集落排水処理施設の悪臭対策が検討されていた2000年ごろ、「浄化槽」から最終的にでてくる浄化された水が、作物の栽培に好影響を与えるようだとの評判が地域に広がっていた。ちょうどその頃、長野県宮田村のあるリンゴ農家を訪問した豊さんは、そこでバイオ酵素を利用して見事な実がついているのを目の当たりにし驚いていたのだった。近くにある排水処理施設で同じ酵素が使われていることはすぐに分かったが、排水処理の水を作物栽培に使うと、消費者の信用を損ねないかと躊躇したのだった。その時、奥さんの冨美子さんが「自家用なら構わないでしょ」と、自家用菜園で利用してみたところ、生育の改善は目覚ましかった。
 豊さんもこれで決心し、当時スーパーのバイヤーとして、当該の排水処理場の建設運営に関わっていた、今回の案内人・伊藤さんに相談を持ちかけた。これを機に、菌床の中に酵素を混ぜ込み、栽培キノコの質や収穫量を上げる挑戦が始まったのだそうだ。
 果たして、キノコの生育は一挙に改善し、商品価値を上げることができた。同時に、「廃オガ」の堆肥化も方法が安定し、品質改善され、堆肥の販売量も増加することができたのだという。
 ちなみに、「廃オガ」に米ぬかを混ぜ、バイオ酵素の力で完全発酵させる奥信濃農園の堆肥は、現在、10トン当たり1万円程度(搬送費別)。同様の発想で有機微生物を利用して作られる堆肥や土壌改良剤などと比較すると10分の1程度の廉価で取引されている。遠く、静岡県の三ヶ日のミカンや牧之原のお茶の栽培などにも利用されているという。
 隆行さんは言う。「キノコに酵素を使ってみるかという話の頃は、キノコ産業が斜陽で、親父も、不安だったと思います。でも伊藤さんは、一緒に挑戦してくれるなら、できた産物は全部自分が売ってみせると言ってくれた。キノコも廃オガ堆肥も、今回の枝豆も、そういって実際に売ってくれる人がいたから、挑戦できたのだと思います」。
 農家の品物を預かり、消費者に販売する、その中立をする販売者は、生産場面における農家の苦労に対して、販売場面における自らの努力でそれに応える。そして、販売場面において消費者から得たいと思う信頼と同じものを、生産場面において農家に求める。
 直売・産直事業にとどまらず、本来、食と農を通じて作られる関係は、こういう、努力と挑戦を共有する者同士の信頼の上に成り立つものなのであろう。


キノコづくりから夢の第3ステージへ



タイトルなし

 隆行さんの夢は広がる。既にふれたように、地域の兼業農家に、奥信濃農園の枝豆栽培のノウハウを広げ、販路を共有する。そうすることで、兼業農家に大型専業農家と同じメリットを享受できるような仕組みをつくり、兼業農家が農業で新たな挑戦ができるような土台を作る。そして、そこを跳躍点にして、一緒に、広がる一方の耕作放棄地を緑の大地に作り替えて行きたい。
 それが隆行さんの、今、現実化させようとしている夢だ。既に、後輩にあたる小市陽太さん、高橋恒明さん、高島久人さんの三人の兼業農家が、奥信濃農園のサポートを受けつつ、耕作放棄地を再開墾し1町4反の畑で枝豆栽培を進めている。
 奥信濃農園の第1ステージは、父・豊さんが切り拓いた酵素利用のキノコ栽培と廃オガ堆肥の事業化だった。そして第2ステージは、隆行さんによる、廃オガ堆肥を利用した枝豆栽培とそのブランド化、若者へのネットワークの拡大だった。そしていよいよ第3ステージは、それらを結び付けた、遊休農地の活用による地域農業の再興だ!
 跳べ! やんちゃ豆。

(平成27.8.13 産直コペルvol.13より)
産直コペルとは

全国の直売所や地域おこしの先進事例が盛りだくさん!「農と暮らしの新たな視点を探る」をテーマに、日本各地で地域おこしに奮闘する人々を取材した隔月発行の全国誌です。購読のお申し込みはこちら! 年間6冊3,300円(税・送料込み)です。

別冊産直コペル

手づくりラベルで農産物&加工品の魅力UP大作戦!
商品のラベルづくりにお悩みの農産物直売所、生産者、農産加工所の皆さま、必見の1冊!

バックナンバー

産直コペルのバックナンバーはこちら!

記事一覧