全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

天孫降臨の地の食・農・地域づくり

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 「天孫降臨の地」として古くより神話の舞台となってきた宮崎県高千穂町。この地で、食と農を基軸とする新たな地域おこしが始まっている。
 神々しいばかりの絶景・高千穂峡、天岩戸伝説の舞台・天岩戸神社、「天孫降臨」神話の舞台・くしふる神社…数々の名所旧跡を持つこの町は、年間150万人の観光客が訪ねる「観光の町」だ。
 しかし、高速道路の充実など交通機関の高速化が、逆に、同町の「立ち寄り観光地」化、すなわち宿泊・滞在客の減少を招き、観光業は総じて伸び悩み状況になってきている。
 また、一般に「ストロー現象」と呼ばれる、地方大都市への山間部町村住民の「吸い取り」作用も働いて、農村集落の高齢化・後継者不足も加速してきている。
 もちろん町では、これまでも、農産物や日本酒・焼酎などの特産品づくり、飲食物販拠点「がまだせ市場」の開設(名産・高千穂牛のレストランと直売所を備えている)、九州最大の都市・福岡への町を挙げての出張販売などの地域づくりの取組みを進めてきた。
 こうした取組みを引き継ぎ、さらに発展させることを目指して、地域の食・農・観光の資源をつなげる面的6次産業化の発想と手法で、新たな取組みに着手しようとしているのだ。筆者は町の依頼を受け、この取組みをサポートしているが、その視点から、高千穂町の新たな挑戦の課題と展望について報告することにしたい。


動き出す“アマテラスの娘たち”
―加工団体の連携と共同を求めて―



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T―キッチン 販路形成の共同の取組み



 高千穂町の新たな地域おこしのスターターは、女性の加工グループの連合組織、「T―キッチン」だ。現状では任意団体であるこの組織は、直接的には、高千穂町内にある手作り加工グループが共同でギフトセット(ふるさと便)を販売することを目的に動いている。
 昨年の夏・冬に続いて3回目になるこの夏の「ふるさと便」では、5つの団体がそれぞれの製品を持ち寄り、組み合わせて作ると和風・洋風のピザが4枚できるセット商品を開発。高千穂町からのギフトとして使ってもらえるよう注文販売している。PR・販売には、「がまだせ市場」の直売所「鬼八の蔵」や道の駅、地域おこし協力隊などが協力し、用意した200セットがほぼ売切れる模様だ。
 「ふるさと便」以外にも販売イベントなどへの出店も共同して行うこともある。参加している加工団体は5つ。山間部の集落で米粉パンやトマトケチャップなどを作る「そよ風工房」。お茶農家であり農家レストランも経営する「山の学校Route50」。集落営農組織を基礎に自家製の大豆で味噌づくりから始めた「だごみや工房」。きんかん農家が自家製きんかんを丁寧にマーマレードにした「もちばる夢工房」。そしておばあちゃんの漬物の味に感動した孫娘が高千穂に移り住んで始めたピクルス加工の「いぶき屋」だ。
 今のところスタッフは全員女性。新しい神話を作り出す期待を込めて、「アマテラスの娘たち」と呼ぶことにした。


量産に対応できる加工場をつくりたい



 当面は「ふるさと便」など販路形成の面で共同の取組みをするが、行く行くは、品質の良い加工品の量産に対応できる施設を用意し、それを担う事業体を誕生させることを目指している。
 高千穂町は、現在でも既に手づくり加工がかなり盛んだ。「T―キッチン」で共同する5団体の他にも、第二次大戦中のおやつの味を現代風にアレンジした人気の菓子「ねじねじくん」をつくる「梅の実会」、漬物をはじめ様々な加工品をつくる「ひやくしようや」(「百姓家」と「飛躍しようや」の二重の意味)、名産の「釜炒り茶」使用のお菓子やハーブティーなどを出す「おたに家」など、多くの団体が活躍している。このほか米を米麹と乳酸菌でダブル発酵させた「ちほまろ」という飲料をつくる「まろうど酒造」や、道の駅の売れ筋商品ドーナッツの「やなちゃんの店」など、多種多様な加工業者も既に存在している。おそらく、高千穂ならではの産品を土産として買い求める観光客が多くいることに起因しているのだろう。
 しかし、そうした中でも「T―キッチン」に集まる人々が特に痛切に感じていることは、「これが高千穂の味、高千穂土産だ」と言えるような、素材も加工法も加工者も―高千穂産の特選商品が、「ない」ということである。
 もちろん、そうした「高千穂の逸品」を作り出すために彼女たちも努力してきた。技術を磨き、新商品を開発し、農業改良普及センターなどが開催する販売業者とのマッチングイベントにも積極的に参加してきた。
 しかし、アイデアの良さや製品の品質で先方からOKをとっても、求められるロットに対応できない。小売業者から求められる商品数を製造しきれないのだ。こうして技術を認められながらも商談が成立しないという、小規模手作り加工所ならではの悲哀を何度となく舐めさせられてきたのである。
 彼女たちの目的は次第に鮮明になってきた。町の農村女性が自分のアイデアで地域特産商品を試作できるレンタルラボのような試作場。その中ですぐれたものは、ある程度のロットで量産できる加工場。そういう機能を持った加工場を女性が中心になって運営していこう―これが現在、彼女たちが考えているプランの骨格だ。
 今、この計画の策定と実現に向け、町内の協力体制を整えているところである。


企画マーケティング力・販売力の強化



 願いはカタチにしなければいけない。
 彼女たちの「加工所をつくりたい」という願いを実現するための課題と手順を確認するうちに、これまで考えてきた以上に広範な連携と共同が必要になることが鮮明になってきた。
 第一は、何より販売力強化。「T―キッチン」に集う女性たちも、「ふるさと便」という共同販売の形を開拓したことに示されるように、この点に気づいていなかったわけではない。
 しかし、「ふるさと便」の注文受付にせよ、そのPRにせよ、基本的に「がまだせ市場」の直売所「鬼八の蔵」にお願いし、その行動力に依拠していくことが、実は暗黙の大前提になっている。自分たち自身の販売力をいかに強化するか? 自分たちだけでは無理だとすれば、「鬼八の蔵」をはじめ、他の団体とどのような形で販売力強化のための連携を組んでいくのか?―が問題となる。
 要するに、いわば高千穂総合商社のような企画PR・販売力を持った牽引車を町の中に作り出さなければ、「ある程度のロットに対応できる加工所」を開設しても、事業運営がおぼつかなくなるのである。
 このような牽引車は、既に触れたように現時点でも多品目多品種にわたっている加工品を、高千穂産商品としてひとくくりにし、地域ブランド力を高めつつ販売していくということにとってもきわめて重要なものだといえよう。
 高千穂町には現在、「鬼八の蔵」と道の駅高千穂の二つの直売所があり、前者が生産者団体への管理委託で、後者が町の直営で運営されている。この二つの直売所と連携しつつ、いかに、販売力を強化するか、また、それを発展させる事業体組織をいかにつくりだすかが現実的問題である。


加工体験・農業体験で観光業と連携



 第二のテーマとして浮かび上がっていることは、観光業との連携だ。
高千穂を訪ねる観光客に、高千穂の土産として買ってもらえる地場産商品を開発・製造することは、もちろん観光業との連携にほかならない。しかし、交通手段の高速化の中で、「高千穂」が単なる立ち寄り点と化している現在、高千穂に少しでも長く滞在し、この地をめぐってもらうきっかけとなるような観光資源を作り出すことも必要だ。
 昔ながらの菓子であれ、伝統料理であれ、はたまた流行のスイーツであれ、地元の食材を利用する形で、加工体験・調理体験をサービス商品として提供できれば、地域農業と観光業との連携に基づく共存的発展の道が拓けるだろう。同じ意味で、食材を作る農業そのものの体験も、高千穂の観光資源の大きな柱になると考えられる。
 「T―キッチン」に集まる加工団体の女性たちは、誰も皆、農業と加工の接点で長く活躍して来ている人々たちだ。先輩にもそういう人が多い。そうしたことを総合的に考えると、「T―キッチン」の取組みは、単に加工所開設(2次産業)にとどまることなく、観光客を対象にした農育・食育のサービス業(3次産業)も射程に入れた大きな構想を描く必要が浮かび上がってもいるのである。


集落営農組織との連携・共同も目指して



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 加工所の開設からさらに視野を広げて、販売力の強化、観光業との連携までを射程に入れる方向で道が模索されている、と今述べた。
 ところで、このこと―特に加工体験や農業体験による食育・農育への裾野の拡大―は、他面から言えば、高千穂町の各所で取組まれている地域の農業集団の取組みと連携し、相互に協力し合う体制を作りだしていく必要性の可能性があることをも示している。
 同町内には、地域おこしに力を入れる多くの集落が存在する。天岩戸温泉という名の立ち寄り湯を開設し、民泊と神楽体験・農業体験に集落として力を入れる五ヶ村地区。集落の「結」を大切にし、ばあちゃんたちが集まって五百円定食を提供する店や、無人販売の直売所「いろはや」を設置したりしている秋元地区。中山間地直接支払いの制度を活用して共同利用の機械を購入・整備し、農業生産法人を組織して水稲栽培を共同事業化した中川登地区(ここは、この組織が中心になり100人もの人が集まる田植えの会や、田んぼを見る会、収穫祭などを実施しているという)…ほかにもいくつもある。
 こうした集落を守る取組みが、農業体験事業や加工体験事業と結びつく時、真に集落の力に依拠した滞在型観光(それは「観光」という概念を超える新しい「何か」かもしれない)が生まれていくと考えられるのである。


新しい「岩戸」を開けよう



 要するに「T―キッチン」に集まる「アマテラスの娘たち」に託されている役割は、直接的には、加工施設を開設することにあるとはいえ、それを真に高千穂町の農業・加工業・観光業の総合的な発展につながるような広がりと深さを伴った取組みとして、多くの町民との連携と共同で進める―その先頭に立つことだ。既に多く存在する各種の地域おこしに関わるグループをつなぐ接着剤の役割と言っても良いかもしれない。
 日本の「地方」は、「消滅の危険性」なるものを指摘する人が出るほど、多くの問題を抱えている。「地方」の人々は、集落を維持するための方策を、皆で頭を寄せ合って真剣に模索している最中だ。
 「T―キッチン」を先頭にする高千穂の取組みは、この深刻な危機を切り拓く方向性を指し示すかもしれない。「アマテラスの娘たち」は、希望の光が隠れてしまった洞窟の扉をこじ開ける画期的な役割を担うかもしれない。いや、ぜひそうなってほしい。
 少なくともそういう気概を持って、一歩また一歩と、前に進んで行こうとしている。


高千穂を発信! 2つの直売所、飛躍へ
―マーケットインの視点で直売所型農業を―



 開設を目指す加工所との連携・共同が求められる2つの直売所の現状と課題はどこにあるか? 関係者へのヒアリングをもとに簡単にスケッチした。


創意が溢れる「がまだせ市場・鬼八の蔵」



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 5年前の2010年開設。施設は町有、管理運営はがまだせ市場直売所利用組合(任意団体)が行う直売所だ。生産組合員は160―170人。年間売上約6千万円弱だという。
 客層は地元客が中心で、基本的に「地産地消」型だ。町内の料飲店や買い物弱者(7~8軒)を対象にして配送も行う。また部分的には集荷も行っているという。
 もちろん観光客も来店する。道の駅が満員な時などに「がまだせ市場」を探して来たり、併設の高千穂牛レストラン「和」(なごみ)=JA高千穂地区が経営=を訪ねる遠来客の利用もある。宮崎―大分間の高速道路の開通を背景にして今後、遠来客の増加の可能性が見込まれている。
 品揃えも、運営も、販売スタッフがかなり細やかに気を使って努力している様子がうかがえる。地元野菜のコーナーには、これでもか! と言わんばかりの豊富なレシピが備え付けてあり、「食べ方から知ってもらおう」という地産地消の基本姿勢を実践している。
 出盛りの一時期を除くと出荷物が不足気味で、欠品が出るとすぐに生産者に電話をして補充してもらうのだそうだ。
 秋元地区の無人直売所に出荷する集落の農家集団「いろはや」の農産物や、「ひやくしようや」、「おたに家」「そよ風工房」はじめほとんどの町内加工団体の品も揃う。
 地元の売れ筋商品、キーマカレー、日本山人参茶、ねじねじくん、高千穂牛コロッケ、高千穂牛まんじゅう―なども魅力だ。


顔の見える直売所めざす「道の駅高千穂」



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 道の駅高千穂の直売所は、開設10年。売上げは総額1億500万円。そのうち地元農産物が約2200万円、加工食品約4140万円、箱菓子・土産が約2300万円。施設は町有、運営も町直轄の直売所だ。
 客層は地元1割、観光客9割の「地産旅消」型。出荷農家は100人程度。主要な出荷農産物は白菜、きゅうり、トマト・きんかん・干しシイタケ。特産品としては、高千穂茶(=釜炒り茶)が豊富にある。このお茶は伝統もあり、出荷者も多いが、今一歩販売に力を入れられていないという。 加工品を出荷する業者・団体は、杉本商店・あいそめ堂・ひやくしようや・おたに家・竹尾組等多彩な顔ぶれが揃っている。
 当面する問題は、通常は、出荷農産物が種類も量も少ないこと。一方、旬の時期には集中して出荷され、売れ残りが出ることだという。
 これらについては、「部会をつくって出荷調整をしよう」という声が農家の中から出るが、なかなか全体には拡がらないという。また、少量多品種生産の農家が高齢化し、かつ減少していることも大きな問題だという。
 今年の事業改善ポイントは、(1)店頭に掲示している生産者の顔写真を撮り直し、消費者に農家の顔が見えるようにすること。(2)店舗の棚などの配置について若いスタッフの意見を取り入れて改善すること。(3)若い出荷者との意見交換。(4)観光案内所の機能強化―など。
 道の駅らしく、高千穂の訪問客はよく訪れ、それなりには販売力もあると見受けられるが、農産物の種類と量の少なさ、高千穂町やその特産品の情報発信の弱さ(例えば釜炒り茶のPRや、野菜の生産グループの紹介がほとんどない)、全体として、POPやラベルが少ないことなどが気にかかった。


問われる生産者の意識改革



 一つの町に、町が設置した直売所が2軒あるというのも珍しい。立地の関係で道の駅は観光客主体、「鬼八の蔵」は地元客主体と、一見棲み分けているかのように見えるが、それは結果的にそうなっているということで、位置づけや運営方針において役割が分担されているわけでもない。
 オープン5年目で、まだまだ地元客を増やすことが大きなテーマになっている「鬼八の蔵」はともかくとしても、それなりに観光客主体の来客数のある道の駅の直売所でも、通常は商品不足に陥っていることに注目するべきだろう。「観光の立ち寄り客相手では、農産物は売れない」という潜入観が生産者の頭の中に根強くありそうだ。
 高千穂地域は九州でも標高が高く、寒暖差もあるため、美味しい野菜やお茶の産地として有名だ。しかし、商品や棚を見る限り、POPやラベルなどでそうしたアピールをしている生産者はほとんどおらず、もっぱら「お買い得」「値段の安さ」で売ろうとしている農家が多いように見受けられた。
 「ピカイチの野菜を直売所に並べて、その質の良さを名物にしよう」。そんな意識の希薄さが―もちろん、そういう点で努力されている農家も部分的には居ることも分かった上で敢えて言うのだが―、高千穂の2つの直売所にとって、当面打開するベき大きなテーマではないだろうか。

(平成27.8.11 産直コペルvol.13より)
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