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直売所列伝 vol.4 農家が、直接、農産物を売る―これが直売所の原点・本質だ
上田市丸子農産物 直売加工センター「あさつゆ」長野県上田市丸子 組合長 伊藤良夫さん(61歳)に聞く
東に遠く浅間山を望む信州上田市郊外、丸子地区にある直売所「あさつゆ」は、開設10年。地元農家で作る組合が運営し、年間売上げ約2億9千3百万円に達するまでに成長した、信州の〝新世代〟を代表する直売所だ。
熱心な栽培技術向上、斬新な販売方法や店員教育方法の採用、ITを駆使した情報の管理・発信システムの構築など、学ぶべき「工夫」が多々あふれているだけでなく、その根幹に、「直売所は農家が主人公」「農家の自主性・主体性こそが直売所の原動力」という〝哲学〟が貫かれた、まさに「直売所らしい直売所」だ。
「直売所は、生産者が成長するステージだ」
「コンサルに教わるほどのモノじゃない」。少しはにかんだような、どこかシニカルな、独特の言い回しでこう言ったことがある。「あっ、悪い、悪い。毛賀澤さんもコンサルのような仕事をしていたよね。まぁ、農家のツッパリだと思って許してよ」と笑っていた。
伊藤良夫さん、61歳。あさつゆ開設以来、一貫して組合長を務めている。自身は、トマトを中心に直売所出荷一本の専業農家。シーズンには朝4時過ぎから野菜を収穫し、開店前に店に出荷・陳列。そして店員と朝礼。昼間は基本的に畑で農作業をしながら、店の出来事を掌握し、役所や近隣の直売所との調整連絡に走り回る。営業・渉外、情報機器の操作、組合員との会合や寄り合い…夜もほぼ毎晩が「あさつゆ」関連の仕事だ。
「あさつゆは生産者の直売所。販売・経理はもちろん、営業方針や改善方針の策定も、情報の管理・発信や各種イベントの実行も、全部、生産者が、できる限り自力で創意工夫を凝らして実行する。それが楽しみであり、強みになっている」と語る。
後で見るように、あさつゆには、直売所運営の最先端というべき創意工夫があふれている。だが、注目するべきは、そのどれをとっても、一つずつ、伊藤組合長を先頭に生産者が自分たちで開発を手掛けてきたものだということ。技術上の専門的なサポートはその筋の専門家から受けてはいるが、アイデアと基本的方向性は生産者自前のものばかりだ。
「生産者は、直売所で様々なことを学び成長する。そのステージは、自分たちで守らなければいけない。時間や手間が掛かっても、まず、自分たちで考えてみるという姿勢を忘れてはいけない」。伊藤さんの持論だ。
栽培・販売・運営・宣伝…工夫の宝庫
先にも述べたように、あさつゆは、直売所が行う様々な事業改善の先進事例の宝庫だ。
栽培面においては、いち早く、直売所として組合員の中に「エコファーマー」を増やす取組みを進め、長野県内で初の直売所の「安全宣言」を発した。
販売面では、生産者に売り場の情報を迅速に伝えることが品質向上並びに生産意欲の向上にとって重要なことだと考え、売れ行き、客層、消費者の声などを生産者へ直接伝える仕組みを作っている。ひとつは、1時間ごとの売上情報と1日ごとの店舗売上や客数のメール配信。今でこそ、メールで情報配信を行う直売所は珍しくないが、この店では13年前から検討を開始し、現在の店舗がオープンした9年前から先進的に取組んでいる。
昨年からは、店内にネットワークカメラ3台を設置。店舗状況を生産者が携帯電話などで常時確認出来る体制を整えた。
その他、1日ごとに店舗全体の品目別売上点数・売上金額がバックヤードに掲示され、 月ごとに前月の売上ランキングなどを全組合員に文書配布。年間では、すべての品目について10日間間隔での商品別売上点数、出荷者数の一覧をまとめて配布している。これはA3判で6ページにものぼる資料である。
情報発信のもうひとつの取り組みが、月刊「どきどき情報」の発行だ。これは「あさつゆ」オープンの平成16年以前からの取り組み。現在第115号を発行している。
A3サイズの紙面に、農産物の「まきどき、植えどき、収穫どき」を掲載。季節ごと旬の農産物の作り方、消毒の仕方、肥料の入れ方等、農家にとって生産に直結する情報を受け取ることが出来る。
こうした取組みは単に販売面だけでなく、生産者の生産意欲や向上心を掻き立てる大きな役割を果たしているという。
市街地での出張販売、販売スタッフの教育
また販路拡大のために、積極的に出張販売を位置づけ、上田市内の海野町商店街で週2回、近くの名湯・鹿教湯温泉で週1回、朝市を開催している。どちらの場所も生鮮品を扱う店が数年前に撤退。高齢者など地域の買い物弱者解消を目的に始まった。しかし、効果は想像以上で、空洞化した中心市街地に「人と人とのコミュニケーションの場」を作り出している。
一方、販売の前面に立つ販売スタッフには、「本来、売り場に立っているはず」の生産者の代わりに自分が販売しているという自覚を持ってもらうために、研修として農家に「援農」に出かけたり、農家の生産現場の様子を動画に収め・それを編集して、店内のモニターテレビで上映する試みなども行っている。「農家のこと、農業のことが分からない販売スタッフは失格」(伊藤さん)という考えに基づくものだ。生産者が販売スタッフと一緒の製作した新人スタッフ研修用ソフトなどもある。
その他、近所のお年寄りを講師役に招くなどして品数を増やし、現在では実に345種類もの加工品を作る加工部門を持っていたり、その加工部門を中心に出荷者全員で実現するクッキングサービス(地元食材を使用したレシピを紹介するビュッフェフェスティバル)や、消費者に感謝を伝え、あさつゆファンとして獲得するための各種イベントが充実していたり……とにかく「なるほど」という取組みが目白押しなのである。
一本、筋の通った「直売所哲学」
様々な創意工夫があるのだが、その中でも、特に「あさつゆらしい」のが、生産者間で取り決めた様々なルール・しきたりである。
その最たるものが、「三つの自由」論。すなわち、
(1)値付けの自由
(2)出荷量の自由
(3)荷姿の自由―である。
「この自由を背景に、あとは競争で自分の商品を売るために創意と工夫を出してください」という考え方だ。総会の決議として文書化してある。
もちろん、この「自由」にはリスクもある。時には消費者から「こんなものを売るな!」という厳しいクレームが届くこともある。
そんな時は「規制も必要か」と思わず感じることもあるが、「そんな時こそ我慢のしどころ」だと伊藤さんは言う。やはり、「自由」に勝るものはなく、生産者の創意と工夫に勝るものはない。生産者が自ら主体性を発揮し、自ら考え行動することに限りない信頼を寄せているのである。
「農家が、直接、農産物を売ることが直売の始まりだった。そこに『あさつゆ』の考える直売所の本質がある」と、伊藤さんは語る。直売所の本質は、農家が直に売り、店舗の行く末に関して権限と責任を持っているということだ。
農家が、自分の責任と権限で農産物を売る。この直売事業によって、朝まで畑にあった完熟農産物を、その日のうちに店頭に並べることができるようになった。規格外品や、さらに付加価値をつけた加工品として販売することも可能になった。しかも、生産者にとっては、換金率が非常に高いメリットもあった。
しかし同時に、生産者が「売り方」を考えなければならないという、系統出荷では有り得なかった状況も生み出された。多くの生産者にとって、今まで意識してこなかったマーケティングの感覚も必要不可欠となった。消費者の反応を鏡として、自分の農業技術の優劣や、値付けの適否、販売方法の有効性などを反省しないわけにはいかなくなった。
これが、一昔前の系統出荷・市場出荷一辺倒の「作るだけ」の農家とは違う、自分の頭で考える農家を生み出し、小規模でも自ら未来を切り拓く主体性を持った農家を生み出したのだ。
伊藤さんが言う「直売所の原点・本質」は、こうした「農家の主体性を創造する共創の場」なのである。
直売所が盛んになって久しい。だが「直売に向く人と向かない人がいることも事実」だと伊藤さんは言う。「結局、丁寧な仕事をする人が勝つ世界。量を生産すればいいという農業で勝てる世界ではない。いかにしっかりとしたいいものを作るか、丁寧に粘り強く生産できるかが必要不可欠な世界」だ。「売れなければ売れないで、一人で悩んで、次第に一人前になっていく」。
伊藤さんの言葉からは、自らが経験した農業の難しさ、直売事業の厳しさが滲む。
昨今、日本農業の再生のためには、効率化と量の生産を促す「先進農業」が必要だという声が多い。だが、あさつゆの目指す「直売農業」とは、そうした「先進農業」からは一線を画した、古くて新しい地域農業の形を示すものだとは言えないだろうか。
注)2014年2月27―28日に長野県上田市丸子文化センターで開催される第8回長野県産直サミットでは、あさつゆの取組みに焦点を当て、そこから浮かび上がる問題にかかわる伊藤良夫さん報告をべースにしてフリートークを行う予定だ。
(平成26.3.17 産直コペルvol.4より)