地元、信州の農・食・暮らしを発信 ―さんちょく新聞より―

木曽の朴葉物語

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 初夏を象徴する、朴の木の大きな葉っぱと白い花。木曽地域では昔から朴の葉を、調理や保存などのさまざまな場面で活用してきた。葉の収穫は、6月上旬から7月にかけて。まだ朴の葉が膨らみきらない5月下旬、木曽地域の郷土食の伝承や農産物加工に取り組むグループ「夢人市(むじんいち)」の代表を務める野口廣子さんに、かつてこの地で朴の葉がどのように使われてきたのかを教えてもらった。


大きくて丈夫、殺菌作用もある朴の葉



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 日本産の樹木の中でもっとも大きな葉と花をつける朴の木は、モクレン科の落葉高木だ。その葉は20センチメートルから、大きいもので50センチメートルほどにもなる。「朴(ほお)」は「包(ほう)」の意で、昔からその大きな葉に食べ物を盛ったり包んだりするのに使われてきたという。
 「大きくて丈夫だから、中にお米を包んで煮たものを山に持って行ったりしたのよ」。野口さんはそう言いながら『朴葉めし』を差し出してくれた。これは、朴の葉の中に米をくるみ、塩で味付けして煮たものだ。朴の葉の独特の風味が中のご飯に染みこんで、食べると口の中にその香りがふわりと広がる。
 「御嶽山に行く時のお弁当と言えば、みんなこれだった」と言って野口さんはほほ笑む。学校登山で御嶽に登った子供たちが、お昼に朴の葉を広げ朴葉めしを食べているところを想像すると、こちらの口元も緩んだ。大きくて丈夫なだけでなく、朴の葉には殺菌作用もあるため「保存が効く」と、重宝されてきたそうだ。


おこびるには欠かせない朴葉巻き



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 前述の朴葉めしや、おにぎりを包んだ朴葉おむすびなど、昔から木曽地域でいろんな料理に活用されてきた朴の葉だが、もっとも代表的なものと言えば、やはり「朴葉巻き」だろう。「朴葉巻き」は、米の粉をこねた皮の中に餡を入れて朴の葉で包んだものを蒸しあげた、木曽を代表するお菓子だ。
 「季節の行事が1か月遅れのこの地域では、端午の節句が6月。各家庭でちまきと一緒に朴葉巻きが作られて道祖神や代神様に供えるのが習わしだった」とかつての風習を教えてくれた。
 また、朴葉巻きは田植えの際のおこびるにも欠かせないものであったという。「今のように1日2日じゃ田植えは終わらないし、家族も大勢いたから、各家庭で100個、200個も作って田植えの期間中のおこびるにしていた」とのこと。
 そのため、腹にたまり日持ちがするようにと、朴葉巻きは今よりもずっと大きく、硬く作られていたのだという。ざるに並べたり竿に干したりして水分を飛ばし、食べる時には焼いてから食べるのが一般的だったそうだ。ゆえに、木曽出身の人が懐かしむのは、今売られているような柔らかい皮のものではなく、硬い皮の朴葉巻きなのだとか。
 「『硬いのは売ってないの?』と聞かれることもある。焼いた皮の香ばしさや、噛むと米粉の甘味がじわっと出てくる、そんなのが思い出にあるんだろうね」と野口さん。
 農作業にはつきものだったという、初夏を知らせる朴葉巻き。「今売っているのはあんがたっぷり入って皮が薄いでしょう。でも、昔は逆。あんが少ししか入っていなくて、一口食べてもあんに辿りつけなかったりしてね」と、かつての様子を笑った。


朴の葉の活用あれこれ



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 「しゅうで(ユリ科の山菜。別名しおで)にかつおぶしをかけて味噌をのせ朴の葉で包んで焼いたり、秋になったら落ち葉を平らにして魚を乗せて焼いたり、醤油でつけ焼きにしたお餅をくるんでお昼に持って行ったり…」。今ほど物が豊かでなかった時代に、保存や香りづけ、包装や皿の代用などさまざまな用途で使われてきた朴の葉。自家用にと家の傍に朴の木を植える家庭も多かったそうだ。家々では、収穫しやすいようにと剪定して、木が成長し過ぎるのを防ぎながら大切に手を入れてきたのだそう―。
 6月になれば木曽の各地で朴葉巻きが売られる。初夏の訪れを感じながら、木曽の伝統の味を試してみてはどうだろう。その際にはぜひ、あらゆる場面に朴の葉を活用した、この地域のかつての暮らしに思いを馳せてみてほしい。

(平成28.6.15 産直新聞第93号より)