全国の地域おこしの先進事例が満載 ―産直コペルより―

雪国の農家は冬が忙しい! 「雪下野菜・雪室野菜」

雪下野菜・雪室野菜の作り方



タイトルなし

 一般的に農閑期といわれる冬場だが、あるるん畑の生産者は忙しい。雪下野菜・雪室野菜を作る生産者のひとりである山岸マサ子さん(69)は、あるるん畑の出荷組合長を2期務め、開業当時からさまざまな取り組みを店と共に実践してきた。
 山岸さんの畑は辺り一面真っ白で、どこに何が植えられているのか素人目には分からない。作物によって異なるが、雪下野菜の収穫自体は2月頃まで。積もった雪をスコップで掘り起こし、さらに土の中にある作物を収穫する。除雪機を使うこともあるそうだ。雪が降りしきる中、除雪だけでも重労働だ。さらにその下にある作物を掘り起こすのだから、かなりの労力が必要となる。しかし、農業歴40年、この地の四季と生活を共にしてきた山岸さんは、雪の中でも、慣れた様子でニンジンを収穫していた。

 山岸さんが作る雪下野菜は、ニンジン、キャベツ、大根、白菜、ネギ、カリフラワーなど数種類。ほぼ一人で全ての作業を行ってきたが、最近では娘さんが手伝ってくれるようになったそうだ。
 取材した日、横殴りの地吹雪が舞い、数メートル先さえ見えないホワイトアウトという状況下にも関わらず、「こんな日は普通収穫しないけどね」と言いながら、雪下ニンジンを掘り起こして栽培方法を説明してくれた。
 まず、9月~10月、雪下野菜用に播種・植え付けを行う。播種や植え付けのタイミングはその年の気候、作物によって異なる。山岸さんは、なるべく作物を収穫せず、土の中で生育させたまま雪を待つ。そのため、植え付けのタイミングの見極めが最も難しいという。作物が成熟しきってから雪が降ると全体が痛んでしまうし、逆に若過ぎる時に雪が降ってしまうと、生育が止まってしまう。完全に成熟する少し前に雪が降れば、作物は土の中で休眠状態になり、新鮮なまま保たれる。収穫したものを雪の中で保存させる方法(後述)と平行させながら、冬場の農産物を確保している。

 「冬の間も好きな仕事ができるから、うれしいよね。楽しい冬を過ごさせてもらっています」。収穫を終え、家に戻ってくると山岸さんはそう言って笑顔を見せた。雪下野菜に取り組む前は、冬になれば別の仕事へパートに出ていたそうだ。冬をただ漫然と過ごしていたが、直売所ができ、雪下野菜を販売する仕組みができたことで、1年を通じて農作業ができるようになったという。「冬場も新鮮なものを食べてもらいたいと思って、少しずつでもできる範囲で作らせてもらっている」と話す。



「簡易雪室」でさらに長く農産物を



タイトルなし

 現在、山岸さんが雪下野菜のほかに取り組んでいるのが、「簡易雪室」での農産物の保存だ。その仕組みは次の通り。
 まず、大き目のコンテナに収穫した作物を入れる。地熱からの影響を抑えるため、作物を空のコンテナの上に置く。作物を入れたコンテナの横、もしくは周りを通気性のある資材で覆ってから雪を詰め、その上にコンパネ等を載せて、さらに断熱資材で覆う。その上を雪で覆えば、簡易雪室の完成だ。雪と農産物が触れていないこと、雪と作物が一緒に保管されていること、暗く、冷気が伝わるような構造にしておくことなど、構造さえ整っていればどんな形であってもいい。自宅にある資材で、庭先などでも簡単に設置でき、雪下野菜よりも手軽に取り組める。山岸さんは、現在この簡易雪室で大根を約60本保管しているという。昨年はこの方法で5月まで保存ができたそうだ。

 「雪下野菜はどうしても掘り起こす作業があるので、かなりの労力が必要です。でもこの『簡易雪室』であれば、雪下野菜にこれまで取り組めなかった人でもできるのではと思い、現在生産を広げている最中です」
 そう話すのは、 JAえちご上越営農生活部次長の岩崎健二さん。あるるん畑開業に向けた直売事業から携わり、「雪下畑の仲間たち」の発案者でもある。これまで雪下野菜・雪室野菜の拡大のため先頭に立って生産者、消費者へ発信を続けてきた。直接的な担当を離れた今も、あるるん畑のさまざまな取り組みに関わり続けている。

 「雪下野菜・雪室野菜の生産量も増えてきています。研究を重ねながら、さらなる拡大につなげていきたい」と岩崎さん。平成27年6月にはあるるん畑「雪下畑の仲間たち」生産販売部会を設立した。冬場の農業所得確保に向けた雪下野菜・雪室野菜の生産拡大と販売出荷対策強化が目的だ。雪下野菜を生産者がより有利に販売できるよう、足りない作物、過剰な作物など、店側の販売状況を生産者に伝えながら、収穫・出荷の調整を行っている。この部会の生産者にはオリジナルのロゴが付いたシールも配布し、独自のブランド化を進めている。当初56名だった部会員は、現在70名。年々、増加しているのだそうだ。

   

雪国上越だからこそ、できること



タイトルなし

 岩崎さんが雪下野菜をあるるん畑で拡大させようと取り組み始めたのは、平成21年。一部の生産者が出荷していた雪下キャベツを食べた消費者から「おいしかった。今日はないの?」と聞かれたことがきっかけだったという。
 平成18年にあるるん畑をオープンさせたとき、「雪国でどうやって野菜を確保するんだ」「すぐに潰れる」といった声も聞かれた。確かに、オープン当初の数カ月こそ物珍しさから賑わったが、その後は品不足から、客足が遠のいたこともあるそうだ。岩崎さんは少しでも品物をそろえるため、イベントを企画し、生産者へ電話をかけ、出荷を促す日々が続いた。そうした努力が功を奏し徐々に事業も軌道に乗り始めたが、最大の問題は「冬場の品揃え」だった。そうした時、先述したある消費者の一言で、「この地域独自の食文化の中にヒントがある」と確信した岩崎さん。品揃えの確保という点だけでなく、低温で保存した野菜は、デンプンを糖に変化させ、自らの身を守ろうとする「低温糖化」という現象が起こるため、糖度が高くなることが多い。また雪があれば乾燥も防げる。雪があるからこそ、よりおいしい野菜を作ることができるのだ。そう考えて取り組み始めたのが、雪下野菜の生産だった。

 しかし、どんな作物が適していて、どんな作物が売れるのか分からない中、雪下野菜を作ろうとただ呼びかけても無責任だ。実際、単一作物で雪下野菜の産地化を試み、失敗した別の地域での事例もあった。そこで、岩崎さんはまず、野菜5品(キャベツ、大根、白菜、ネギ、ニンジン)を選定し、生産を呼びかけた。
 もともと、雪下野菜や雪中貯蔵は、雪国で古くから行われてきた冬場の農家の知恵だ。そのほとんどが自家用ではあったが、生産者も馴染みが全くない訳ではない。呼びかけると、26名の生産者が生産に乗り出してくれた。山岸さんもそのひとりだ。保存や栽培方法の研究・指導も重ね、2年目からはさらに大々的に販売を開始した。
 その後、より多くの人に取り組んでもらえるよう「簡易雪室」の研究も平成23年頃から試験的に開始。この簡易雪室のプロジェクトはさらに規模が拡大し、平成28年には取り組みを知った新潟県上越地域振興局や上越市なども参画、雪中で保存した野菜の糖度や苦味、えぐみなどの比較調査なども実施された。

 調査費の一部は、上越市や農林中金が実施する農林水産業みらい基金などが活用された。
 「この調査で、温度ほぼ0度、湿度95%程度に保たれる雪室で保存すると、多くの品目の糖度が上がり、水分量も変わらず長期間一定の品質と鮮度が保たれる、というデータが得られました。こうしたデータが付加価値を付けるためのバックデータとなります」と岩崎さん。
 現在、こうしたデータに基づき、生産者の拡大と消費者へのPRを図っている。また平成29年7月には「雪下・雪室研究会」も設立された。事務局をJAが担い、新潟県や上越市も会に参画。おいしい雪下・雪室野菜を作るための技術の普及や研究のための研修会などを実施している。
 こうしたさまざまな取り組みを経て、当初、150万円程だった「雪下畑の仲間たちコーナー」での売り上げも、平成27年には1000万円を突破した(※1月~3月までの売り上げ)。平成28年、29年は少雪により若干売り上げを落としはしたが、それでも890万円程の売り上げをキープしているという。
 


「あるるんの杜」開業と「あるるんの村」構想へ



タイトルなし

 JAは平成28年、あるるん畑から数百メートル離れた場所に、「あるるんの杜」という施設をオープンさせた。ビュッフェ形式のレストラン、惣菜・弁当などを作る加工所、パン工房、スイーツやジェラートなどを販売するカフェスペースなどがある。また、施設に併設して、リーファーコンテナの大容量雪室を完備した。ユニットクーラーも付いた「ハイブリット雪室」で、この構造をした雪室は世界初なのだという。
 「ここでは1年を通じて雪下・雪室野菜が味わえます。ペーストやジェラート、惣菜などに雪下野菜を使って販売しています」と岩崎さん。あるるんの杜のような6次産業化の拠点を作ろうと考えたのも雪下野菜に取り組み始めてからだという。
 「『雪があるからできない』を『雪があるからおいしい野菜ができる、おいしい加工品ができる、レストランができる』に転換していきたい。そういう地域にできると思っています。雪国だからできる『雪国のフードシステム』を形作りたいと思っています」と岩崎さんは目標を語った。平成30年の春には、あるるん畑もこのあるるんの杜の横に移転する。販売スペースは約1・5倍に拡張されるという。さらに海産物などを扱う売り場「あるるんの海」も設ける予定だ。まさに、畑と杜と海が一体となった場所ができる。いずれ、この場所を上越の農と食の情報発信拠点としていきたいという。岩崎さんは、それを「あるるんの村構想」だと教えてくれた。

 「JA自己改革が求められていますが、生産の拡大、地域の活性を担うことが、目に見える自己改革だと思っています」
 生産者と消費者が農と食でつながり、農村にかつてあった地域コミュニティーの場の創出を実現したいという。「それもJAの役割だと思っています」と岩崎さん。
 通年の農業は難しいといわれた雪国で、そのハンディーを押しのけ、新しい地域の可能性を切り拓く挑戦が進んでいる。



(産直コペルvol.28  特集「農家の冬」より)
産直コペルとは

全国の直売所や地域おこしの先進事例が盛りだくさん!「農と暮らしの新たな視点を探る」をテーマに、日本各地で地域おこしに奮闘する人々を取材した隔月発行の全国誌です。購読のお申し込みはこちら! 年間6冊3,300円(税・送料込み)です。

別冊産直コペル

手づくりラベルで農産物&加工品の魅力UP大作戦!
商品のラベルづくりにお悩みの農産物直売所、生産者、農産加工所の皆さま、必見の1冊!

バックナンバー

産直コペルのバックナンバーはこちら!

記事一覧