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「主人公は生産者」 理念貫く民間経営の直売所(松本市)   

生産者直売所アルプス市場(松本市)



天然肥料「土乃守」を使った農産物
天然肥料「土乃守」を使った農産物

 100%民間の直売所はそう多くはない。直売所の多くが、生産者組合が始まりだったり、行政の出資によって形成されたりすることが多いためだ。そのうちの一軒が松本市に居を構える「生産者直売所アルプス市場」。店に入ると威勢の良い声が響く。

「直売所の主人公は生産者。生産者の出荷したものをいかに売り切り、無駄にしないために努力するかが直売所の使命」だと犬飼浩一社長は強く訴える。
 徹底してその理念を貫くのは、平成8年10月にオープンしてからの経緯に由来する。その思いと店づくりについて話を聞いた。


がむしゃらに働いた3年間



理念を貫く犬飼浩一社長
理念を貫く犬飼浩一社長

 犬飼さんが事業を始めた義父から店を引き継いだのは平成9年4月。当時の生産者はたった30名程、店の棚を埋める農産物も集まらない状況だった。
 「売るものもなければお客さんが集まるはずもない。初めは生産者に頼み込んで出荷して貰う毎日でした」。(犬飼さん)

 しかし、「頼まれて出したのに売れないじゃないか」と言われることもあったという。当時は現在の約1/4の売上。それでも出荷してくれる生産者の信頼を得るには、ものを集め、とにかく必死になって売るしかなかったという。

 そんながむしゃらな時代があったからこそ、「生産者のせっかく出してくれたものを売り切らなければ申し訳ない」という思いが芽生えた。圃場に赴き、実際の生産現場を見たりもした。生産者と一緒になって、店づくりを行っていったのだ。
 現在の生産者は約400名。商品を預かる責任感と互いの信頼関係によって形作られた理念こそが、現在の約400名の生産者との繋がりを形作っていったのだ。


「土乃守」との出会い。「味で勝負」の農産物



「土乃守」を使うアスパラ生産農家の中澤さん
「土乃守」を使うアスパラ生産農家の中澤さん

 アルプス市場の一部の農産物には「土乃守」と書かれたシールが貼られている。天然肥料「土乃守」で作られた農産物であるという証だ。専用に設けられた棚から先に売れていくというのだから、「土乃守」に対する消費者からの信頼は厚い。

 「何か店を特徴付けるものはないか」。試行錯誤していたオープン当初に出会ったのが、「土乃守」だった。海水等から抽出した天然由来成分を牛糞にかけることで酵素を発生させ、微生物の分解を促し完熟させた無臭でミネラル分が豊富な天然肥料だ。安曇野市堀金地区で作られている。
 スーパーのような価格競争は出来ない。そのため、価格ではなく「味で勝負」だと考えた犬飼さんは、この肥料で商品の差別化を図ろうと考えた。しかし、今でこそ価格は抑えられているが、当時は化学肥料に比べても高価なもの、普及には壁もあったという。

 「農業のことなんて当時はほとんど知らなかったから、生産者の圃場を回りながら、自分も一緒に土づくりについて勉強していきました」と犬飼さん。徐々に「土乃守で作った野菜は美味しい」と評判になるようになり、店の看板商品として浸透していった。
 化学肥料で作られた野菜にはどこかえぐみを感じることがあるという。しかし、「土乃守」で作られた野菜達は、自然そのままの匂いと味の濃さがあるという。
 アルプス市場には子供連れの若い女性の姿も多い。美味しく、安心安全な農産物を食べたい、食べさせたいという客が集まる理由がそこにあるのだ。


生産者の農産物を「売り切る」ために



 季節によっては農産物が過剰に集まってしまうことがある。店頭ではどうしても売り切れない農産物の販路確保は、最重要課題だ。全ては「生産者の出してくれた農産物を何とか売り切りたい」とする思いから。
 そのための対策のひとつが、学校給食への食材提供。地産地消を推奨していた塩尻市の7校分の食材を5年程前から提供している。年間2500万程の売上があるという。

 また、大きな転換点となったのが、平成21年に竣工した加工所だ。過剰野菜を買取り、塩漬けして保存、福神漬や甘酢漬にする。トマトはホールトマトにし、トウモロコシやカボチャは加工して冷凍、徐々に農産物が少なくなる秋から冬にかけての商品として売り出している。これにより、だぶついてしまっていた農産物はかなりの数が解消されたという。
 また、7年程前から首都圏スーパーへの出荷も行っている。

 そして、今後力を入れて取り組むのが、県外客へのカタログ販売だ。約150名の既存の県外客へ向け、「おススメ野菜セット」を紹介する。あえてネット販売を行わず、電話で対応するという。「ネットは顔が見えないから」という理由がいかにも直売所らしい。
 それだけでなく、袋詰めの仕方やラベルの貼り方、書き方等、直に消費者と接する店側が生産者へ伝えるべき情報は伝え、生産者と一緒になって店づくりに取り組む。それこそが店の魅力の向上に繋がると感じているからだ。

 

店の「思い」を継承する



店長の大熊剛さん。直売所への思いは強い
店長の大熊剛さん。直売所への思いは強い

 現在、社員6名、パート約30名が働いている。犬飼さんは店の思い受け継ぐ従業員教育が重要だと感じているという。
 店長の大熊剛さん(36)は、8年程前アルバイトから働き始めた。途中、別の仕事をしていた期間を経ながら、現在は全体を取り仕切る店長として働いている。「若い人が農業をやっても生計が立てられるような場づくりをしたい。いつかは生産にも携わりたい」と夢を語る。
 犬飼さんが作り上げた理念は、約400名の生産者の信頼と共に、確実に受け継がれ始めている。

(平成26.2.14 産直新聞第85号)
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